四百六十五話 口伝でしか広まらない
「明日には出発か~」
「うん、そうだね」
ギーラスが授与式から戻って来て数週間後、いよいよアラッドとスティームはラダスから旅立つ。
「ふふ、結局ディックスはキャバリオンの資金を貯められなかったね」
「資金を貯める云々の前に、給料を前借りしてましたからね」
ギーラスが弟から与えられたキャバリオン……天魔を見て、その場だけの反応ではなく、本気で自分専用のキャバリオンが欲しいと思ったディックス。
仕事がない日は弟であるスティームを誘ってモンスターを狩りに行き、素材や魔石を売って少しでも資金を貯めようと必死に動いていた。
その結果……給料を前借りしていても、来月以降も普通に食費などの心配をせずに生活できる程の金は溜まっていた。
キャバリオンを制作してもらう為の資金も、ほんの少しは貯まっていたが、購入出来るほどの額が貯まるのはまだまだ先の話。
「でも、それで良かったと思いますよ。中途半端にお金を貯めてお願いされても、中途半端なキャバリオンしか造れませんから」
我ながら不本意な言葉だと思いながら、グラスに残っているカクテルを呑み干し、マスターに別のカクテルを注文する。
「アラッドはそれなりにディックスの事を評価してるんだね」
「スティームの兄ですからね……そういう事を抜きにしても、周りと比べて抜きでた実力は持ってると思います。ストールを倒せたからって油断してたら、追い抜かれてもおかしくないですよ」
「そうだね……それでこそ、張り合いがあるってものだよ」
ディックスはまだまだアルバース王国の騎士団に所属し、活動を続ける。
というより……交流期間が過ぎだとしても、アラッドにキャバリオンを制作してもらうまでは、自国の騎士団に戻るつもりは一切ない。
そして最後の晩酌を楽しんだ翌日、二人は予定通り朝からラダスを出発した。
「大丈夫か、スティーム?」
「大丈夫……だと思う」
先日、アラッドたちと同じく兄であるディックスと晩酌していたスティーム。
酒を呑むことは解っていたが……ディックスが用意したワインが気に入ってしまい、調子に乗って許容量よりも多く呑んでしまった。
「それにしても、ギーラスさんってかなり面倒見の良い人だったね」
「……長男だからな。多分だけど、偶にドラングの愚痴とか聞いてたりしてたんだろうな」
あり得そうだと思ったことを口にするアラッドだが、実際にまだアラッドたちが屋敷で生活していた頃、本当にドラングはガルアだけではなくギーラスにも色々と愚痴をこぼしていた。
「けど、アラッドもかなり面倒見が良いタイプだよね」
「? 俺はそんな事は…………あるのか?」
末っ子ではないが、それでも三男。
アラッド自身、前世も含めてそういうタイプではないと思っていた。
しかし、そもそも面倒見の良いタイプでなければ孤児院を目の届く範囲に移し、子供たちと戯れたりしない。
「フローレンスさんに説教をかましたのも、そういう部分があったからなんじゃないの?」
「あれに関しては説教というか……フローレンスさんに対してイライラをぶつけただけなんだけどな」
普段通りの様子で話しながら目的地に向かって歩き続ける二人。
本来であれば、二人を狙ったモンスターや盗賊などが……毎日とはいかずとも、二日か三日に一回は襲ってきてもおかしくない。
しかし……現在、アラッドとスティームの冒険者組だけではなく、Aランクモンスター……デルドウルフのクロと、Bランクモンスター……ストームファルコンのファルという従魔組が主人を守る様に歩いている。
どれだけ考える頭を持っていないモンスターでも……どれだけ知識がない山賊たちであっても、本能的に奴らには敵わないと判断する。
その結果、アラッドたちは野宿時も襲撃を受けることはなく、順調に目的地へと歩を進める。
「……なんか、本当に何もなかったな」
「そうだね。一回ぐらいはモンスターか盗賊に襲われるかと思ってたけど、本当に何も起こらなかったね」
二人は五日程度で目的地であるレドルスという街に到着。
結局、道中ではクロとファルが周囲に睨みをきかせていたこともあり、本当に何かと争うことなく目的地に辿り着いた。
「それなりにゆっくり来たから、もう俺に用がある連中は集まってるだろ」
「そうだね」
クロとファルの背中に乗って移動すれば、それこそ一日足らずで到着出来る。
しかし、レドルスにはある目的があったからこそ、歩きで移動し続けた。
元々レドルスにはコロシアムがあるため、二人は目的地の候補として入れていた。
そんな中、冒険者ギルドの方から一つ……アラッドに関する情報が伝えられた。
アラッドの前世であれば、戦っている様子が動画やらなんやらで公開され、その実力を疑う者はほとんどおらず、ネットなどに悪意ある意見を書き込むのは、自分の愚かさや惨めさを認められないほんの一部。
だが……この世界で人の強さは、口伝えでしか広まらない。
そういった世界であるため、まだまだアラッドの強さや立場に対して疑問視、敵意を向ける者が多い。
「俺としては、金が貰えるんだから文句ないけどな」
薄っすらと笑みを浮かべると友を見て、悪魔の微笑と思ってしまったスティームは、決して悪くない。
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