二百六十話 全員がこっち向いてる?
「……」
「……」
「おい、二人ともちゃんと息してるか?」
馬車の中で揺られるシルフィーとアッシュは先日と同じく、緊張と無口になっていた。
「息は、してます」
「私も」
「それなら良いんだけどさ……安心しろって。二人が落ちるなんてことはないと思うから」
試験監督の教師からこっそり教えてもらっている訳ではないので、絶対に受かっているとは断言出来ない。
しかし、二人の頑張りを見ていたアラッドからすれば、二人が落ちるなんてことは考えられない。
「その、受かってるとは思います。でも……良い点数を取れてるか不安で」
「シルフィー、心配し過ぎだって」
筆記に少々不安が残るシルフィー。
それはアラッドの記憶にも残っているが、シルフィーが筆記に勉強を疎かにしていた訳ではない。
苦手なりに頑張り、試験で良い点数を取れるように必死で努力している姿を覚えている。
(シルフィーの場合、実技は絶対に高得点……というか満点だろうから、成績上位者であるのは間違ないと思うんだが……入試を初めて受ける二人からすれば、どんなに入試で良い手ごたえを感じて、結果が分かるまでは不安になるものか)
そんなシルフィーの気持ちを、少しは理解出来るアラッド。
「アッシュも、シルフィーと同じ理由か?」
「そうですね」
受かればそれで良いと、最初はそう考えていた。
しかし、やはり自分もパーシブル侯爵家の一員。
であれば、入試で成績上位者にならないといけない。
そんな思いが、ここ最近芽生えた。
勿論アッシュは筆記に関して死角はない、と言えるほど勉強に励んでいた。
実技試験である模擬戦に関しても、普段よりも訓練に時間を割き、対人戦を磨いていた。
「……二人が受かってなかったら、俺も受かってないってことになるよ」
「「それはあり得ません」」
「お、おぅ……そうか」
息の合った返しに、アラッドは少々驚かされた。
しかし、なんやかんやしているうちにパロスト学園へと到着。
「それじゃ、後でな」
「「はい」」
一応発表場所が離れているので、一旦アラッドと二人は別れて中等部の試験結果を見に行く。
(……やっぱり、中等部の受験生は多いな)
親としては中等部から王都の学園に入学してほしいという思いが強く、その思いを子供も感じ取り、中等部を受験する者は多い。
(まっ、高等部の受験生もそれなりに多いけど)
相変わらず周囲の視線が勝手に集まる。
しかし、今回に関しては視線が集まる明確な理由があった。
(……? やけに俺の方を見てくるな……もしかして、顔に何か付いてるのか?)
そんな訳はなく、結果が張り出されている紙を見れば、一目瞭然。
「……なるほど。そういうことか」
合格者は成績が高い順番に書かれている。
そして一番右上の欄には……アラッドの名前が記載されていた。
(いけるかもって思ってたけど、本当に達成出来たら……やっぱり嬉しいもんだな)
自身が首席で入学することが決定した事実に……アラッドは口端を上げて笑みを零し、拳をギュッと握りしめた。
「…………なんだよ」
数秒ほど首席を取れた嬉しさを噛みしめていると、自身に向けられている視線の変化に気付いた。
その視線を向ける者は……当然、受かったがアラッドより点数が下。
この事実が気に入らない者たち。
視線を向ける者は、主に令息たち。
令嬢たちに関しては、侯爵家の人間で入試トップの成績を取り、顔立ちや体格も悪くない者など、憧れの対象でしかない。
「な、なんでもねぇよ」
視線の種類にほんの少しだけイラっとし、戦意が少々零れてしまった。
アラッドの悪役顔も相まって、嫉妬や妬みなどの感情を向けていた者たちは一斉に視線を逸らした。
(おっと、早く集合場所に戻らないとな)
特に顔も名前も知らない奴に構っている時間はない。
アラッドが集合場所に戻ると、シルフィーとアッシュが目に薄っすら嬉し涙を浮かべながら、アラッドの胸に飛び込んできた。
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