二百十二話 減った気が……する

「アラッドの新しい正装なら、既にオーダーメイドを頼んであるよ?」


「……そうなんですね」


買い物から帰ってきたアラッドはフールに何をして来たのかを報告すると、なんと既に正装のオーダーメイドを頼んでいると言われた。


(まさかの展開……いや、父さんとしては悪気一切ないんだろうな)


表情から見て解る通り、本当に悪気は一ミリも無かった。


「安心してくれ。アラッドが気に入る感じの黒がメインの服にしてくれって頼んでるから」


「ありがとうございます」


息子の好みはしっかりと把握しており、ド派手な……アラッド本人が自分には似合わないと思う様な正装が出来上がることはない。


それが分かっただけで、本人はホッと一安心だった。


(一応それなりに金を出して買ったが……まだこの家にいる期間が長いというのを考えると、もう一着ぐらいあっても良い、か)


何着もあって困る物ではない。

いずれ着れなくなるが、それでも以前までと比べればそういった服装を着る機会が多くなるのは間違いない。


(にしても、服か……)


父との会話を終え、自室に戻ったアラッドは自身の服へと目を向けた。


「アラッド様、服に何か付いていらっしゃいますか?」


「いや、何も付いてないよ。ただ……新しい趣味でも始めようかなと思ってな」


「あら、それは良いですね! いったいどんな内容なのですか?」


この場にいるエリナとシーリアはいったいアラッドがどんな趣味を始めるのか、とても興味津々だった。


「ガラではないと思ってるが、裁縫でも……な」


「「裁縫……ッ!!」」


二人は脳内でアラッドが裁縫を行っている光景を思い浮かべ、そのギャップに……愛いさにやられた。


「お、おい。大丈夫か?」


「だ、大丈夫です。その、アラッド様なら糸のスキルもございますし、趣味として始めるのは大変宜しいかと」


「そう言ってくれると嬉しいよ」


アラッドは自身の力で糸を生み出せば、それを消すことが出来る。

ただ……生み出した糸は、消そうを思わなければ永遠に残り続ける。


これにより、練習に使う糸で困ることがない。


(最近は少し生み出した本人が作ってくれって頼みも減ってきた……気がするし、なんとかなるだろ)


国内での売り上げはだいぶ減った。

だが、リバーシやチェスはまだまだ海外で売れている。


そして勿論……海外の金持ちたちから是非とも特別な娯楽を生み出した本人が作った一品が欲しい、という頼みが来る。


既にリバーシは当然としてチェスも目を瞑ってでも製作が可能なぐらいには……慣れた。

慣れれば作る速さも上がり、一度に作れる数も増える。


(作れるようになったら……まずはハンカチとか作るか? 良い感じのが出来たら母さんたちに上げるか)


丁度良い息抜きを見つけ、本日も途中から訓練を始めたが……この日から少しアラッドの顔に元気が戻り、ガルシアたちやアリサたちは少しホッとした。


そして十日後、アラッドの新しい正装が到着。


フールの言葉通り、黒色をメインとした上下。

派手なデザインはあまりないが、所々に凝った部分があり……良い意味で子供らしくない見た目。


アラッドとしても好みのデザインであり、意外にも正装を着た自分を鏡で見て……思わずニヤッと笑ってしまった。


(……悪くないな)


「とても似合ってますよ」


「えぇ、本当にお似合いです」


メイドやエリナたちから一気に褒められ、直ぐに我に返ったアラッドは少し頬を赤らめた。


それから時間は経ち……パーティー会場に向かう日がやって来た。


今回、家族の中から同行するのはフールのみ。

そしていつも通り、日々訓練を積み重ねている騎士や魔法使いたちが護衛を務めてくれている。


「アラッド、裁縫は楽しいかい?」


「そうですね……こうしてどこでも出来ますし、退屈にならないので楽しいです」


アラッドは自分で生み出した糸でなくとも、魔力を通わせれば自由自在に操ることが出来る。

既に多数の糸を購入しており、道中では立派な時間つぶしに使え……以前までの道中と比べて、いくらか気が紛れた。

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