百六十六話 現実と初心

「お、おいアラッドさん……あ、あの人たちはいったい何なんだ!?」


「何なんだと言われても……エルフとハーフドワーフ、獣人の女性と獣人の男性だな」


いつも通り、一週間に一度バークたちがアラッドの庭にお邪魔し、訓練に参加しに来たのだが……その際に庭で待機していた人物に驚きを隠せないダイア君。


「き、綺麗……」


近くでエリナとシーリアの美女エルフ二人を見たエレナは、すっかり見惚れていた。


「いや、それは見れば分かるって! でもよ、今まであんな人たちはいなかっただろ」


「そ、そうだよ。もしかして雇ったのかい?」


「雇ったというか買ったというか……まぁ、とにかく気にせずにいつも通り訓練しようぜ」


「そ、そんなこと言われてもよぉ。もう少し詳しく説明してくれよ」


「ん~~~~……彼女たち五人とも、俺より強いからな」


「「「「え~~~~~~っ!!??」」」」


サラッと口に出したアラッドの言葉を聞き、四人とも盛大に驚いた。

バークにいたっては腰を抜かしていた。


「おいおい、驚きすぎだろ」


アラッドは腰を抜かして驚いたバークに手を差し伸べる。


「す、すいません……いや、でもそれって……ま、マジですか」


「あぁ、マジだぞ。彼女たちが俺の家に来てから何度も模擬戦してるけど、今のところ一度も勝ててない」


「ッ……そ、そうなんっすね」


バークはアラッドの信者ではないが、自分の中で一番強い人物は誰かと尋ねられれば即座にアラッドと答える。

それ程バークの中でアラッドというのは紛れもなく強者だった。


歳上の自分が全力で倒しに行っても勝てす、幼馴染四人で倒しに行っても変わらず子ども扱いで負ける。

時折話してくれるモンスターとの戦いも全て本当だと信じており、天上の存在。


そんなアラッドが本当に負けたと受け入れるまで、少し時間が掛かった。


「バーク、エリナたちは俺よりもがっつりレベルが上なんだ。今はまだ負けて当然に決まってるだろ」


「あっ……そ、そうかもしれないっすね」


今はまだ負けて当然という言葉に、毎度それなりに危なげな勝負をしているシーリアがビクッと震えた。


「それじゃ、まずはいつも通り軽く体を動かそう」


念入りに準備運動を行い、素振りなどの動作確認を行ってから模擬戦スタート。


そして五人全員と模擬戦を行ったバークは思った……憧れるアラッドが負けるのも仕方ないと。

接近戦が苦手なシーリアも含めて、当然の結果ではあるがコテンパンに負けた。


(なんつーか、アラッドさん以上にこっちをじっくり見られながら対応された気がするんだよな……それだけアラッドさんよりも実力が上ってことか)


実際に五人と戦い、当然の事実を体感し……バークは少しの間ボーっとしていた。


「隣、失礼するぞ」


「あ、ど……どうぞ」


体格が良いガルシアがいきなり現れ、アラッドよりも歳上といってもまだまだ子供なバークにとっては非常に緊張する相手。


「バークは、アラッド様に憧れてるのか?」


「え、えっと。そうっすね」


初めて本当の強さを感じた存在。

それがアラッドだったので、彼が負けるというイメージが浮かばなかった。


だが、模擬戦とはいえこうして目の前でアラッドがリンやエリナ相手に負ける姿を見て、少し落ち込んでいた。


「……ん~~~~。あれだ、アラッド様もまだ七歳……十分子供だ。俺たちの立場は奴隷だが、それでもまだまだ七歳の子供に負けられないって思いはある」


ガルシアの言葉を聞いて、その思いは分からなくもなかった。


「まっ、いずれはあっさり追い抜かれそうだけどな……でも、バークだってその年齢にしては結構強いと思うぞ」


「そ、そうですか?」


「あぁ、本当だ。嘘じゃないぜ。だから……もっとアラッド様以外に意識を向けてみるのもありだと思うぞ」


「アラッドさん以外に、っすか」


「そうだ。なんか、今のバークは凄い視野が狭くなってる状態に思えてな……こう、もっと訓練を積み重ねて強くなろうって思った初心を思い出してみたらどうだ」


強くなろうと思った初心を思い出す。

その言葉を聞き……何故か胸のモヤモヤが消え、スッと軽くなった。


「憧れを捨てろって訳じゃない。ただ、一つの何かに集中し過ぎるのは良くないかな……ってのが歳上からのお節介だ」


「……いえ、お節介なんてとんでもないっす」


原点を思い出せたバークの心は今までで一番メラメラと燃えていた。

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