百六十一話 長い目でみれば

朝食を食べ終えた後、アラッドは鍛錬に入る前にフールの仕事部屋に寄って五人の服を頼もうと思っていた。


だが、フールの仕事部屋に近づくにつれて何やら大きな声が聞こえてきた。

そして部屋の前にはパーシブル家に仕える騎士の一人が立っていた。


「ッ! アラッド様。もしかしてフール様に何か御用が」


「はい。五人の服について父さんに頼もうと思ったんですけど……今、俺は中に入らない方が良さそうですね」


部屋の中から聞こえてくる声がフールと、もう一つが弟であるドラングの声だと直ぐに気付いた。


「申し訳ありませんが、その通りかと。私は万が一アラッド様が部屋に入らぬように、部屋の前に立っておりました」


「えっ、それは……えっと、すいません」


「いえいえ、アラッド様が頭を下げるようなことではありません。立っている時間は一時間で構わないと言われているので」


毎日緩くない訓練を重ねている騎士にとって、一時間部屋の前に立っているなど、全くもって疲労に入らない。

ただ、少々退屈ではあった。


それも、アラッドが部屋の中の状況に気付いたので、騎士の任務は終わった。


(俺に伝えてくれれば良いのに……でも、俺が大丈夫だろうって思いながら入る可能性を考慮してたのかもな)


アラッドの頼みは緊急ではないが、早めに五人に一般的な服を用意したいとは思っていた。


「それで……ドラングの奴は何をあんなに騒いでるんですか?」


そう騎士に問うてから、直ぐに原因が頭の中に浮かんだ。


「そ、その……あの、アラッド様が悪いところは一つもないんですよ。ただ、ドラング様はアラッド様だけが奴隷を五人も有していることがお気に召さないようで」


「……もしかして、自分にも買ってほしい。みたいなことを言ってるんですか?」


「おそらく、その通りかと」


予感が的中し、アラッドは部屋の中に聞こえない様に小さくため息を吐いた。


(やってしまたな……五人に同情したからとはいえ、この可能性を考えてなかったのは俺のせいだ)


騎士が言う通り、アラッドに悪い部分はない。

五人の奴隷はフールがアラッドに買い与えたのではなく、アラッドが自身の手で落札した。


しっかりと自分のポケットマネーで買ったのだ。


(父さんはなんて言いくるめるんだろうな……まさか、俺がリバーシやチェスを売って利益を得てることを話すのか? それが真実ではあるが、俺としてはまだバレたくないんだよな)


ドラングがそれを知ってしまえば、それを社交界で話すかもしれない。

それはアラッドにとって避けたい流れ。


「その、フール様の声で料理の件で、という内容が聞こえてきました。なので、アラッド様が恐れる状況にはならないかと思います」


「ッ!? そ、そうなんですね」


騎士はアラッドの不安そうな顔から何を考えているのか察し、不安にならずとも大丈夫だという要因を伝えた。


(なるほど、それで誤魔化してくれるのか。それならまぁ、安心だな)


アラッドが考えた料理を専属の料理人の名前を使い、発案の権利で利益を得ていることは知っていた。

それはそれで実に凄いことなのだが、アラッドとしては別にその点がバレても構わないと思っている。


ただ、それが社交界で発信されるとそれはそれで一応問題となるので、フールはドラングに微妙にアラッドが関わっていると伝えた。


料理の権利で得られるが額は、一つ料理が注文されたとしてもチェスやリバーシの売り上げには敵わない。

しかし料理はチェスやリバーシなどの娯楽とは違い、客は何度でも頼んで食べ続ける。


そこが娯楽商品と大きな違いであり、長い目で見れば大きな利益を生むのは間違いない。


(ドラングには悪いことしたな……でも、もしあいつが奴隷という立場であるエリナたちにアホな絡み方する様なら……とりあえず大きなたんこぶができる程度の強さで殴るか)


一瞬ぶっ飛ばすという考えが浮かんだが、今のアラッドがドラングを全力でぶっ飛ばそうとすれば、うっかり殺してしまう可能性があり、直ぐに対処法から消した。

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