第81話 混乱の始まり

「あれ? なんかたくさん飛んでる……鳥?」


 突然、しょう怪訝けげんそうな声を上げて、空の一角を指し示した。

 若葉わかば双葉ふたばも見つけたのか手を目の上にかざして遠くを見ている。


「陸地から離れてるから、鳥の群れとかはいないはずだけど……」


 僕がそう言いつつ、翔が指さした方向を眺めようとした刹那せつな


 ──ドグゥォォンッ!!


「!?」


 激しい爆発音と共に、回廊全体が激しく揺れた。

 僕はとっさに手すりにつかまって姿勢を保つことができたが、花月や双子は床にしゃがみ込むようにうずくまってしまい、翔にいたっては尻餅をついた格好で両耳を押さえて口をパクパクさせていた。


「いったい、なにが──」


 状況を確認しようと振り返った瞬間、二度目の爆発が起きた。

 回廊と建物の接続部、手前にある女性トイレから爆炎が吹き出した。


「──アオっ!!」


 反射的に叫ぶ僕。

 事態に気づいた双子たちが駆け出そうとするのを、手を横に出して制する。

 トイレの手前で回廊が崩れ落ちてしまっていて、向こうには行けない。


「くっ、どうしたら……」


 焦りの声を上げたとき、視界の向こうでなにかが動いた。

 黒煙を吐き出す男性トイレの入口から、青葉が壁に手をついているものの、しっかりとした足取りで崩れ落ちた回廊の向こう側に姿を見せた。


「トイレで爆死とか勘弁してくれ……」

「アオっ!!」


 僕が声を張り上げると、青葉はこちらに向かって片手を上げて見せた。


「悪い、そいつらのこと頼む! 俺は下へ戻ってお袋たちと合流して避難するから、こっちは任せろ!」


 青葉は冷静だった。下の空中庭園に視線を落とすと、会場の中から次々と学生や招待客たちが逃げ出してきていた。教官や他のサービススタッフたちが避難誘導を開始しており、パニックに陥るギリギリのラインで踏みとどまっている。


「わかった! こっちは回廊の向こう側から避難するから、安全を確保したら連絡して!」


 僕の返事にもう一度手を挙げてから、青葉は黒煙の向こう側へと姿を消す。


「僕たちもいかなきゃ……」


 きびすを返して、僕はリーフたちの元へと向かう。まだ状況を把握できないでいる年少組を、花月とリーフが立たせようとしていたところだった。


「みんな、こっち、僕についてきて!」


 僕は翔の背中を押しながら先頭に出る。その後ろに両手で双子の手を引いた花月、一番後ろにリーフがついてくれた。

 あちこちで、連続して爆発が起きているようだった。その度に回廊の床が揺れる。

 足を取られないように気をつけつつ、崩落した部分とは反対方向にある下へ降りる階段へと向かう。


「みんな伏せてっ!!」


 後ろからリーフが大声で叫ぶ。今までに聞いたことのない必死な声。


「……!!」


 僕は反射的に翔を前へ突き倒すように強く押してから、後ろの双子と花月の横へまわりこみ、リーフと共に庇うように三人の上に倒れ込む。


 ──ドゴォンッ!!


パラパラと細かい石のような破片が背中に散らばった。


「なにが起きてるの!?」

「ドローンの攻撃」


 必死に恐怖と焦りを抑えながら身体を起こす僕に、いつもの口調に戻ったリーフが応じる。

 先に立ち上がったリーフが見上げた先を見ると、小さな四角い箱を抱えたようなドローンが、まだ何機も宙を舞っている。


「外に出る方が危ないかもしれない」


 リーフは冷静に状況を指摘する。

 確かに爆発物を抱えているドローンが空中にいる以上、その下へ出ていくのは危険すぎる。

 眼下の空中庭園に避難していた人たちは、今の爆発で完全にパニック状態に陥っていた。

 僕はみんなを立たせて、建物の中へと向かうように指示した。


「とりあえず、地下へ向かおう。中に入ったら、すぐに非常階段があるはずだから。そこを通って緊急時のシェルターへ──」


 その言葉をリーフがさえぎる。


「──また一機来る! 走って!!」


 駆け出した僕たちの後ろで、また爆音が響き渡る。


   ◇◆◇


 ──ついに始まってしまった。


 少年は口の中で呟いた。

 周りには自分と同じ、宇宙学園の礼装に身を包んだ学生たちが、不安そうな表情のまま教官の指示に従って、通路を進んでいた。

 皆、壮行会場から家族と共に避難したが、途中で学生だけ一般客から引き離され、頭上から響く爆音の中、薄暗い照明の下、地下通路を黙々と歩かされている。


「チクショウ……何が起きてるっていうんだ」


 少し前を歩いている学生が吐き捨てるように呟いた。

 逆に後ろからは小さくすすり泣く声が聞こえてくる。

 今、ミサキ-1に向かって歩いている学生たちの中で、今、何が起きているのか把握できているのは、おそらく自分だけだろう。

 いや、学生だけじゃない、教官やオノゴロ海上都市関係者の中でも理解できている人間はいないのではないか。


 ──いや、そんなことはないか。


 が自分一人とは限らない。むしろ、一人であるわけがない。

 小さく頭を振って雑念を振り払う。

 これは、単なる前座にしか過ぎないのだ。本番はまだこれから、そして、自分の本当の役割もこの先にある。つまらないところから、尻尾を出してしまうことだけは避けなければならない。


「お父さん、お母さん……」


 近くから聞こえてくるすすり泣きの声に嗚咽おえつが混じる。

 つい、さっきまで、家族との楽しい時間を過ごしていたのに、危険が迫る中、急に引き離されてしまったのだ。不安な気持ちが増大していくのも当然だろう。


 ──両親、家族……か。


 自分にも家族はいる。大切な存在だ。

 だからこそ、自分に課せられた任務を失敗するわけにはいかない。

 この任務の成否が、自分自身だけでなく、家族の人生にも大きな結果を及ぼすのだから。

 だが、そう思い切っていても、まれに胸の奥にトゲが刺さるような痛みが走る。

 任務のためなら、全てを切り捨てる。余計な情など不必要なモノだ。

 そして、自分はそれができる人間のはずだ──それなのに。


 ──みんな……ごめん。

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