第80話 銀髪の少年
僕が
海将クラスの
「……おつかれさま」
部屋から出て、
そんな疲れ果てた状態で僕は
心配そうにしていた両親に、友人の父親に挨拶してきたと説明する。
「ねぇねぇ、せっかくだから軌道エレベータ、もっとよく見たい!」
「って、言われてもなー」
「うーん、よく見える場所かぁ」
僕は少し考え込んだ後、壮行会場の外側、空中庭園の外周に設置されている空中回廊を指さした。
両親たちを会場に残して、僕と
「うわぁ、すっごーい!」
双葉が感激したような声を上げた。後に続いた
白く輝く三本の柱が眼前にそびえ立っている。
「兄さんたちが乗るのが、あのビルみたいな……えっと、ミサキだよね」
翔が指し示した、柱とは対象的な黒光りする壁面に包まれた建物が、軌道エレベータ──ヤタガラスの
青葉が少し視線をずらした。
「俺が乗るのはあっちらしいけどな」
ミサキ-1の左奥、そこには建設中の同じ外見の建造物がある、年末に宇宙へ上がる予定のミサキ-2だ。
ちなみに、反対側にはミサキ-3が建設される予定だが、まだ台座部分の建物しか存在していない。
ミサキは全長百二十メートルの紡錘形の構造物だ。商業ビルでいうと二十五階分くらいの高さになる。
搭乗可能な乗員数は三百四十六名。これは将来的な乗客数を想定した数字だ。運用に必要な人員は八十二名と想定されていて、今回、宇宙実習に参加する人員は教官も含めて二百六十一名なので、数字上は余裕がある設定になっている。
僕がそういった内容を説明すると、リーフ以外の面々が「おおー」と感嘆の声を上げてから、再び視線をヤタガラスへと向ける。
というか、花月まで感心したような素振りを見せるのはなんなんだ。お前は知ってて当然だろうがとツッコみたい衝動をなんとか抑える。
さて、そろそろ式典も始まるし、会場へ戻らないと。僕がそう声をかけようとしたとき、青葉がちょいちょいと僕の肩を突いてきた。
「悪りぃ、ちょいトイレ行ってくるわ」
そう言い残して、建物への入口脇にあるトイレへと早足で向かう。
「いいけど早くしてね、ここで待ってるから」と応えてから、双子たちの相手を花月に任せて、僕はリーフと並んで外を眺める。
ふと、辺りを見回すと回廊や空中庭園に出ていた人たちも、会場内へと戻りはじめていた。
八月なので夏の気候真っ盛りなのだが、時間が夕方へと移り変わってきたこともあって、海から吹き付けてくる風は心なしかヒンヤリ感じて心地よい。
「明日には宇宙に出ちゃうんだ」
珍しくリーフが感慨深げに呟いた。
西へ傾きかけた陽の光がリーフの銀色の髪に反射する。
「地上から宇宙までだいたい百キロメートルだからね、ミサキだと四時間くらいで出ちゃうかな」
ミサキは
僕は制服のポケットから水晶のような透き通った石がついたペンダントを取り出した。
さっき、リーフが僕と青葉に餞別といって押しつけてきたモノだった。
リーフは僕たちと出会ってから、一度も実家のある街を出たことがなかった。というか、何回か機会はあったが頑なに離れようとしなかったのだ。
だが、今回は例外だった。
リーフの育ての親である南のおじいさん、おばあさんも常々、街の外の世界を見せてあげたいといっていたから、僕が壮行会の話を持っていった時も、渡りに船とばかりにリーフの背中を押したのだった。
リーフを壮行会に誘おうと考えたときは、正直ダメもとだった。そのつもりで声をかけたのだが、その予想に反して、リーフは少しだけ考え込んだ後、短く「行く」と答えたのだ。最初は喜んだものの、心境の変化を招く何かがあったのかと僕は少し悩んだりもした。
そんなことを思い出しつつ、リーフとの会話を続ける。
「でもって、カグヤまで一週間の旅ってことになるね」
「そっか……宇宙って広いね」
潮の香りを含んだ風が二人の間を吹き抜けていく。宇宙に出たら、しばらくはこういった風や水を感じることができなくなるのだ。
そう考えると、急に心細くなってしまうのは、地上で生活している人の本能というモノなのだろうか。
「……リーフは、さ。これから、どうするの?」
「いきなり、なに?」
ふと発した僕の言葉に、リーフは静かに聞き返してきた。
「あ、いや、なんとなく」
僕がそういうといぶかしげな表情をみせたが、僕と同じように海へと視線を向ける。
「……別に今までと同じ」
「そっか」
一瞬、沈黙してから、僕は言葉を続けた。
「僕は宇宙に上がっちゃうし、青葉も年末には同じように宇宙に出ちゃうし……その、何かあったら、実家のみんなのこと頼みたいなって──」
「無理」
素っ気なく一言で切り捨てるリーフ。
「あ、いや、なんかゴメン? そういう重い意味じゃなくて、なんかそう……ほら、気分的な!」
「だから無理」
さすがに雰囲気に流されすぎたかと、慌てて言い繕う僕だったが、銀髪の少年は容赦なかった。
「……そうだね、リーフはそういう空気読んだり、気を遣ったりしてくれるキャラじゃないもんね。うん、僕が悪かった」
照れ隠しもあって、僕はわざと拗ねてみせた。我ながら大人げないと思うけど、この場のいたたまれない雰囲気をごまかすにはこれしかないと思ったのだ。
さすがに、そんな僕に哀れみを感じたのか、リーフはくすりと小さく笑った。
少し強めの海風がそんな少年の銀色の前髪をなびかせた。
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