第75話 戦後処理

「……と、いっても」


 これからどうすれば良いんだろう。戦が終わった後の戦後処理なんて、正直どうしたらいいかわからない。

 そんな僕を見かねたのか、ガウ、じゃなかった蘭王らんおうが隣に来てくれた。


「まずは戦利品の確認だね、そこの覇鈴はりんさんの捕虜マークにタッチすればリストが出るよ」

「そ、そうなんだ」


 地面に座り込みつつも、こちらを視線で威嚇してくる覇鈴に少しビビる僕だったが、そーっと近づいてリストを開く。


「え? これだけ?」


 思わず呟いてしまう、僕。いや、だって、表示されたのはいくつかの回復薬だけだったのだ。お金の欄には、たった一つ「ゼロ」としか表示されてないし。


「ああん? 失礼なヤツだな。やっぱり変態ベンジャミンの仲間なだけあるな」

「あまり一緒にして欲しくないんだけどなぁ」


 僕は隣で苦笑いしている蘭王に問いかける。


「……知り合いなの? この人」

「知り合いっていうか──」


 そこへベンジャミンが大仰おおぎょうなしぐさで割って入ってきた。


「オーゥ、覇鈴とは様々な戦場でを競った、イワバ好敵手こうてきしゅ、互いを認め合ったライバルってヤツですネー」

「誰がライバルだっ!?」


 そのやり取りに蘭王が肩をすくめて見せる。

 彼が言うには、三オンの様々な合戦で、覇鈴の部曲ぶきょく小覇王とは、なぜか偶然に遭遇して戦闘状態になることが多く、その度に、ベンジャミンの緑林軍が勝ってしまうとのことだった。しかも、なんというか、小覇王にとって緑林軍は相性が悪いというか、途中まで小覇王に有利な展開で進むことが多いにも関わらず、急な天候の変化が起きて緑林軍が逆転してしまうなど、そういう運が絡んだ逆転劇がほとんどということもあって、覇鈴はベンジャミンを毛嫌いしているとのことだった。


「まぁ、ある意味くさえんではあるんだけど──」

「なにが縁だ!? 気色きしょく悪いこと言うな、そこの仮面男!」


 僕と穏やかに会話していた蘭王にまでツッコむその気概きがい。よほどベンジャミンたちがキライなんだろうなぁ。

 それはともかくとして。


「このアイテムとお金の欄はわかったけど、こっちのリストは何?」


 そう言って僕が指し示したウィンドウを蘭王がのぞき込む。


「ああ、これは小覇王が保護していた三オンのプレイヤーたちだね。捕虜扱いになってるけど、何らかの理由でログインできなくて放置されていたプレイヤーをこういう形で保護してるんだ。僕たちも同じように保護しているプレイヤーがいるよ」

「そうなんだ……ねぇ、一つ聞いてもいい?」


 僕と蘭王をよそに、ベンジャミンにからかわれて激昂げっこうしている覇鈴へ声をかけた。


「ああ? なんだ、今忙しい!?」


 とか言いつつも、僕へと顔を向けてくる。


「えっと……その、僕たちはキミたちをこれ以上どうこうするつもりはなかったりするんだけど、キミたちはこのまま解放されたあと、どうするの? なにかアテとかあるのかな……って」

「そんなもん、ねーよ」


 ふてくされたようにねる覇鈴。


「今回の攻城戦で、ボロボロになったヤツらも多いからな。モンスターとかに襲われて野垂れ死にって可能性もあるかもなー」


 他人事ひとごとのように開き直る少女を前にして僕は少し考え込む。

 後ろでは交渉を全部僕に任せてはくれてはいるものの、なにか言いたげな表情でロザリーさんやアオたちも佇んでいる。


「一つ提案があるんだけど」


 そう前置きして、覇鈴にの前にしゃがみ込んだ。


「ここから少し離れた場所に、まだ所有権が設定されていない空き地があるんだ。そこにギルドハウスを建てて本拠地にしたらどうかな」


 この僕の申し出に、ぽかんと呆れたような表情になる覇鈴。


「いや、そもそもウチら、そんな金持ってないし。てか、それができるなら最初から攻城戦をしかけたりしないって」

「うん、それはわかってる。だから、僕の貯金から必要なお金貸すよ。それくらいなら持ってるから」


「はぁ? なに言ってんのコイツ?」という表情で、蘭王へ視線を向ける覇鈴。

 それに対して仮面を手にした青年は肩をすくめつつ苦笑で返す。

 再び覇鈴は僕に向き直る。


「てか、それなら、その変態ベンジャミンの部曲に買ってやればいいだろう? ウチらと同じで無一文でこの世界に放り出されたんだし、本拠地に困ってるのは同じだろうに」


 僕はチラリとベンジャミンと蘭王に視線を向ける。すると、二人とも了解というような素振りを見せた。


「さっき、ベンジャミンとも話したんだけどさ、ここのうちのギルドハウス、収容人数に余裕があって、ベンジャミンたちの、えっと緑林軍? その部曲と保護しているプレイヤーは護衛兵力も兼ねて、ここに滞在してもらうつもりなんだ」


 後ろでウンウンと頷いているベンジャミンの姿を覇鈴から隠すように立ち位置を変えつつ、僕は、言葉を慎重に選びつつ、提案内容を説明する。

 僕たちは、できれば攻城戦みたいな戦いは今後したくない。そのためにベンジャミンたち緑林軍を僕たちのギルドハウスに入ってもらうことにした。けれど、正直、緑林軍は三オンの中でも規模は中の下くらいだということで、それも心許ない。


「本心を言えば、小覇王のみんなにも加わってもらえると心強いけど、ベンジャミンと一緒は──」

「絶対にイヤや!!」


 はい、そうですよね。

 反射的に苦笑しそうになったが、寸前で止めて、マジメな態度で提案を続ける。

 その気持ちは理解できる。なので、折衷案せっちゅうあんとして、お隣に覇鈴たちの小覇王に入ってもらいたい。それにかかる費用を僕たちが用立てる。その代わり、僕たちのギルドと同盟を結んでもらいたい。

 僕の言葉の途中から覇鈴の表情もマジメなものに変わっていた。

 覇鈴たちの危機感を煽ったり、追い詰めるような内容は避けるべきと、ぴーのからも釘を刺されていたので、あえて、メリットを強調していく。


「そうすれば、三オンに限らず、他のプレイヤーに対する抑止力になるし、小覇王が拠点を持つことで、この近隣にいる他の三オンプレイヤーを保護することもできるし、そうすれば無用なトラブルも少しは減るかなって」


 ずっとこちらのやり取りを見守っていたサファイアさんが会話に参加してきた。


「今回、私たちがこういう方法で和解できれば、今、T.S.O.内に拡がっている各プレイヤー感の対立を和らげるきっかけにできるのではないかとも思うのです」


 そもそも、三オンのプレイヤーも安心が欲しくて、その結果としてT.S.O.のギルドハウスやプレイヤーを襲撃しているのだし、T.S.O.プレイヤーとしても不慣れな戦争によるリスクはできれば回避したい。H.B.O.のプレイヤーに関してはまだ不明な点があるけど、情報流出の危険性がある以上、進んで戦いたいとは考えていないはずだ。

 無言で考え込んでいた覇鈴が顔を上げた。


「……わかった。その話を受ける」


 僕はホッとしたが、それ以上に、後ろで様子を見守っていた仲間たちの方が安心した様子だった。覇鈴たちの境遇を知ってからは、同情的な気持ちになっていたのだろう。


「じゃあ、さっそく準備を始めるね。小覇王の人たちには一旦、ここに集まってもらうとして、覇鈴さんと何人かは僕と一緒に土地と建物の購入につきあってもらうね」

「……悪いな」


 バツが悪そうに呟く覇鈴に、僕はパタパタと手を振った。


「気にしないで、僕が半分趣味で貯めていた個人資産で使う予定もなかったし。他の人が困ってるときに使えるなら、それに越したことはないし」


 それに、前にそこから人にお金貸したこともあったけど、それは永遠に返してもらえないお金になっちゃったし。

 ふと、脳裏に少女の姿が浮かび、僕は言葉を失ってしまった。

 そんな僕を怪訝けげんそうに覇鈴が見上げてきた。


「ふぅん……ま、いいか。要するに、お前個人に対する恩ってことだな。覚えておく」


 そういうつもりでもないんだけど、説明してもしつこくなりそうなので、あえて反論しなかった。

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