第63話 不穏

「とりあえず、ここまでは良いとして、問題はここからの話なんです」


 サファイアさんがテーブルの上で手を組み替えた。

 拠点を持たない三オンのプレイヤーたちの動向について話題を絞る。


「私たち、T.S.O.プレイヤーはマイハウスやギルドハウスという安全地帯があります。それはH.B.O.プレイヤーも同様ですね、ソレスタル・シティという機能が揃った本拠地がある。でも、三オンのプレイヤーたちにはそういう場所が無いんです」

「え……でも」


 僕は少し考え込む。


「でも、街とかの中なら安全ですよね」

「ええ、モンスターの脅威からは身を守ることができるでしょうね」

「──!?」


 サファイアさんの含みを持たせた口調に、僕は一つのことに思い至った。


PプレイヤーKキラー、他のゲームのプレイヤー……」


 僕の答えにしっかりと頷くサファイアさん。


「ええ、偶発的とはいえ、三オンプレイヤーの一部がT.S.O.プレイヤーに害を加えてしまいました。ということは、もちろん、その逆も起こりうる……と、三オンのプレイヤーたちも思い至るはずです」


 また、問題となるもう一つの風潮があるという。

 それは、三オン、H.B.O.のプレイヤーたちのT.S.O.プレイヤーに対する心証の変化である。


「今回の融合事件はT.S.O.プレイヤーのせいで起きたという責任追及の流れですね。、自分たちは巻き込まれた側であるという被害者意識が強まっているようなのです」


 これは、どちらかというとゲーム内よりも、SNSなど、ゲーム外のコミュニティで見られはじめている風潮らしい。

 最初は単純なゲーム同士のコラボレーション的な、楽観的な見方をしているプレイヤーたちも少なくなかったのだが、プレイヤーキャラクター殺害事件が発生してしまったことにより、プレイヤーたちの意識がガラリとネガティブな方向へと傾いてしまった。


「そのこともあって、三オンやH.B.O.内の一部のプレイヤーたちからT.S.O.プレイヤーに対する報復、懲罰を呼びかける声もあがりはじめていたりしまして──」


 そこまで言ってから、サファイアさんがハッとしたような表情を浮かべた。慌てて「アリオット君のせいじゃないですよ、そんな風に考えないでください」とフォローしてくれる。

 そのサファイアさんの配慮に対して、僕はすぐに気にしてないと返すべきだった。

 だが、そんなことはわかってはいたが、僕は堪えきれずにテーブルに肘をついて頭を抱え込んでしまう。

 少しの間、大広間に沈黙が降りた。

 サファイアさんも余計なフォローは逆効果になると思ったのだろう。僕が心の中を整理する時間をくれたのだと思う。


「──すみません、もう大丈夫です」


 僕は心を落ち着けて、ゆっくりと顔を上げる。

 サファイアさんはホッとしたような笑みを浮かべた。


「アリオット君は強いですね」


 そう言ってから、表情を引き締めた。


「ここまでお話ししたからには、最後までお話しするべきですね。先ほど、三オンプレイヤーたちに安全地帯が無いというお話をしました。そこから続くのですが……」


 心なしか、サファイアさんの声が低まる。


「三オンプレイヤーたちによるT.S.O.ギルドハウスへの襲撃案件が発生しています」

「……襲撃案件、ですか?」

「はい、三オンには攻城戦こうじょうせんという大規模戦闘のシステムがあります。そして、今回の融合に際して、その仕様も一緒にT.S.Oへ導入されたようなのです」


 その攻城戦を、T.S.Oのギルドへしかけ、拠点であるギルドハウスを奪おうと動き出す部曲ぶきょくが出てきたということだった。

 僕は思わず唾を飲み込んでしまう。


「それって、三オンのプレイヤーたちが、T.S.Oに戦争をしかけてきてるってこと……ですよね」


 なんとか声を押し出した僕へ、サファイアさんが真剣な表情で頷いた。


「はい、三オンプレイヤーたちは自分たちの安全地帯ともなる拠点を確保したい。そのためにT.S.Oのギルドハウスに目をつけた──」


 攻城戦──ギルドハウスを賭けたT.S.Oのギルドと三オンの部曲の集団戦である。

 サファイアさんの説明によると、その攻城戦の戦闘で倒されたからといって、即死亡ということではないらしい。

 いったん捕虜として囚われ、人質として扱われたりするのだが、その中に処刑という選択肢もあり、処刑されてしまった場合、そのキャラクターは死亡することになる。


「三オンプレイヤーもT.S.O.プレイヤーも最後の一線を越えることはしないと思いたいのですが──」


 サファイアさんの表情が微かに曇る。

 両陣営のプレイヤーもキャラクターの命を奪うということが、どのような事態を招くのかわかっているはずである。だが、集団戦という大規模な戦闘行為による昂揚感、理不尽に自分たちのギルドハウスを攻められることに対する不満など、何かがきっかけで爆発してもおかしくない。


「とりあえず、運営会社も含めて、各ゲームのプレイヤーたちには冷静な対応を呼びかけるつもりです──」


 その時だった。

 ギルドハウスの入口から、双子がけたたましく駆け込んでくる。


「大変だよ! あっちの丘の上にたくさん──!」

「旗を掲げた兵士たちがたくさんいます!!」

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