第39話 判断ミスの重み
一瞬の僕の判断の迷い──それが事態を悪化させてしまう。
「……くっ!」
僕は思わず低く呻いてしまった。
「アオ、ロザリーさん! クルーガーさんっっ!!」
必死に声を上げるが、敵の中で必死に踏みとどまる三人には返事をする余裕すらないようだった。
いや、アオだけがこっちに向かって何か叫んでいる。
「ニ、ゲ、ロ!」
「今助けるよっ!」
ジャスティスが残り少ない魔力を杖に集中させ、ミライもレイピアを抜いてイズミと共に突破口を開こう敵へと突っ込む。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
サファイアさんが慌てたようにこっちに視線を向けてくる。わかってる、彼女らを止めないと前衛トリオだけでなく、こちらの全員も敵の集団に取り込まれかねない、でも──!
「一撃離脱だよ! アオたちと合流したら全力で戻る!」
僕自身も宝石飾りのついたメイスを構えて、イズミ、ミライとともに敵に突っ込む。
後ろでギルティが敵の侵入を阻止する陣を張って退路を確保、その効果が切れないうちに前衛と合流して退却する──僕は急いで対応策を構築した。
だが、それは自分自身を納得させるための方便だということもわかっていた。
頭の中では「感情のまま助けに行こうとしているメンバーを止めるのは難しい、下手に止めると混乱がさらに深まって危険だから、ここは突っ込む方が正しい」と自分に言い聞かせているが、そんなのはただの言い訳にしか過ぎないのだ。アオの言うとおり、僕たち後衛だけで離脱したとしても、WoZが誇る無敵の前衛トリオのことだ、自分たちだけなら敵を蹴散らして脱出できたのかもしれないとも思う。
だけど、僕は決断できなかった──
そして、それらの考えが全て裏目に出た。
「ダメ、保たない……っ!」
ギルティの悲痛な声と共に澄んだ音を立てて陣が崩壊する。効果時間はまだ余裕があった。だが押し寄せるモンスターの圧力に削られてしまったのだ。
「私たちは大丈夫だから……っ!」
どうしたら良いかわからないまま呆然とするギルティを脇に抱えるようにして、サファイアさんが全力で離脱をはかる。魔力を使い果たしたくーちゃんとジャスティスも、サファイアさんに叱咤されて後に続く。
「バカヤロ! なんで逃げなかった!?」
僕へ襲いかかろうとしていた巨大カマキリの腕を切り飛ばしながら、押し寄せてくる他の敵から庇うようにアオが僕の前に立ちはだかる。
「ゴメン……」
残り少ない魔力を用いて周囲の味方の防御力を上げる【
──このまま死んだらどうなるのか。
不意に頭の中にその思いがよぎる。
個人情報が流出したとしても、僕が通う学校は特殊とはいえ、一介の学生にしか過ぎない。T.S.O.や人並みにハマっていたアニメやマンガ関係など、他人にあまり見せたくない創作系のデータとかはあるが恥ずかしいレベルで済むハズだ。興味の目に晒されるかもしれないが、社会的に迫害されるような情報はないだろう。
あ、でも学園関係の情報で漏れたら困るモノとかあるのかな。
それでも、たぶん、アオの方が深刻かも。天才中学生ボクサーだったっていう知名度もあるし、僕を含め、近い関係の人間しか知らない秘密もある。社会人経験があって家族もいるロザリーさんや、女子大生のクルーガーさんだってダメージが大きいはず。僕は自分自身に腹が立ちはじめていた。なんとしてでも仲間を守らないといけなかったのではないか。
「頭下げろ!」
アオが僕に覆い被さるようにのしかかってきた。剣を逆手持ちにして巨大クワガタの鋭い顎を受け流す。なんとかその攻撃は凌いだものの、剣は顎に引っかかったままもぎ取られてしまい、アオは素手になってしまう。
そんなアオを庇おうと、僕は意を決して足を踏み出す。
その瞬間だった。
左前方、モンスターの一角が崩れた。
「!?」
とっさのことに反応が遅れた僕にアオが体ごと突っ込んできた。
「こっちだ!!」
モンスターたちが崩れた先に、三月ウサギの魔術師の姿が見えた。さらに数人、手にした武器を激しく振り回し道を切り開く。
僕はアオに抱えられるような格好で、その場から連れ出される。
振り返った視界の先で、一緒に取り残されていた三月ウサギのメンバーたちが、僕たちを逃がすようにモンスターの前に立ちはだかり、倒れていった。
その後、なんとか安全地帯まで脱出し、生き残った三月ウサギのメンバーと短く言葉を交わしてから、テレポートストーンでギルドハウスへと帰ってきたのだった。
「僕のせいだ……」
重い後悔の念が僕の心を蝕んでいく。
WoZのメンバーは全員無事に離脱できた。だが、その過程は散々だった。
そして、最終的には三月ウサギのメンバーの犠牲に助けられてしまったのだ──
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