第36話 無自覚な焦りの中で

「ふうっ……」


 周囲から敵の気配が無くなったことを確認して一息ついた。

 戦闘モードの解除を告げると、みんなの緊張が一気に緩まる。


「やっぱり、厳しくなっていくもんだね」


 肩をすくめつつ苦笑いを浮かべるロザリーさんと一緒に、前衛の皆が集まってきた。

 僕は星霊せいれい神官しんかんの奇跡、【星屑の瞬きスターライト】を発動させた。自分を中心に無数の小さな光が辺りに舞い散る。少ない魔力で範囲内にいる全てのプレイヤーの自己回復を早める効果があり、戦闘中の回復には追いつかないが、こういう風に戦闘終了後のステータスチェックやアイテム確認などの時間に重ねることで、探索の効率化ができる地味だけど有用なスキルだ。


「それでも、三大ギルドのヤツらは先に行ってるんだよな」

「ええ、彼らもいつもよりは慎重に進めてるみたいだけど、人数と時間の物量で先行されるのはしかたがないことね」


 珍しく気むずかしげな表情のアオに、サファイアさんが相づちを打った。

 ちなみに、自分を含め、サファイアさんの中の人に直接対面したメンバーは、ゲーム内でキャラクター同士で接するにあたって、一時期戸惑いを見せたりもした。だが、なんのかんので、それほど日を置かずにいつも通りの雰囲気に戻ることができていたのは、慣れというものなのだろうか。


「なんというか、柔軟な人が多いよね、このギルド──」


 まあ、そういうものなのかもしれない、と僕は自分を納得させる。ただ、また中の人に直接会ったら自然に振る舞えるかどうかは自信ないけど。

 それはともかくとして。

 一通りの準備を終えた後、周囲を警戒しながら僕たちは探索を再開する。


「アレだよね、今、あたしたちも全世界に配信されてるんだよね」

「……ジャスティスちゃん、はしゃぎすぎ。たぶん、私たちよりも先にいってる人たちの方が注目されてるから」


 背後にいる双子の会話に小さくため息が漏れる。


 この闇王の墓所の状況はリアルタイムで全世界へ向けて動画配信されている。ロザリーさんの中の人曰く、非公開だった運営のプロモーション用機能が流用されてしまっているとのことだった。チャンネルは一つしか無く、どこのエリアが配信されるかは明確になってはいないが、基本先行しているパーティが注目されることが多い。ただ、稀に後続もフォーカスされることがあり、僕たちもすでに何回か映されてしまっているらしい。もちろん、ゲームプレイ中の僕たちは確認できていないが、九重さんや陵慈が録画してくれている。時間があるときに見せてもらったのだが、第三者視点で自分たちの行動を観るというのは少し奇妙な感覚だった、据わりが悪いというか、なんというか。

 一方で、ネット界隈でこの配信は非常に注目されている。

 ゲーム内でキャラクターが死亡すれば、そのプレイヤーに関わる全ての情報が放出されるのだ。普段の生活ではあまり表に出すことができない、他人の私生活への興味、不幸への関心、一方的な断罪だんざい、お祭り騒ぎへの便乗などなど、さまざまな感情が、配信に対する匿名のコメントとして現れていた。


 ──なにチンタラやってんだよ、もっとチャッチャと進めろよ

 ──オマエらがダンジョンをクリアしなきゃ、被害者が増える一方だろ

 ──廃プレイヤーたちはどうせ社会不適合者の集まりだろ? こんな時くらい役に立てよ

 ──つーか、最近死んだヤツいないんじゃね? そろそろ誰か死ねや


 もちろん、最初の被害者となってしまった真知の仲間たちということで、僕たちWoZメンバーも悪い意味で注目の的になっている。


「なにも知らない外野の言うことなんて気にしないことさ。ただうだうだ言うだけで、中身なんか何もないんだから」

「そうです。今はダンジョン攻略に専念するためにも、一部の情報はシャットアウトしたほうが良いと思います」


 ロザリーさんとサファイアさんの言葉で僕たちは頭の中を切り替えた……つもりだった。

 実際はそう簡単ではないと思い知らされただけだったけど。

 あのお気楽脳筋青葉でさえ、プレイしている時の雰囲気にいつもと違う苛立ちをみせることがある。


「とにかく先行集団に追いつかないと」


 そんなつもりは無かったのだが、内心の呟きを声に出してしまっていたらしい。

 皆の視線が一斉にこっちを向く。


「あ、えっと……うあっ!?」


 一瞬、視界が揺れた。隣に立ったアオに頭を叩かれたと気づいたのは、珍しく怒ったような口調でまくし立てられたからだった。


「なに一人で抱え込んでんだよ、この状況はおまえが作ったわけじゃねーだろ。てか、俺も含めて皆被害者なんだからな。ラピスの仇討ちってことならなおさらだ、俺らがやんなきゃいけないことなんだよ、そこんとこ間違えんな」

「べ、別にそんなつもりじゃ……」


 アオの勘違いに対して言い返そうとしただけだったのだが、他のメンバーたちの心配そうな表情に気づいて僕は言葉を飲み込んだ。

 確かに幼馴染みの親友の言葉にも一理ある。


「そうだね……僕一人で突っ走っても迷惑かけるだけで、何もいいことないんだよね……気をつける、ありがと」


 僕がそう頭を下げると、アオは決まり悪げにそっぽを向いてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る