第32話 一般学生とエリートたち①
緊張感に支配された二時間ちょうどの授業が終わり、僕らは皆で連れ立って学生食堂へとやってきていた。
「やっぱり
豚肉の生姜焼きと鶏肉の唐揚げがメインのB定食ご飯特盛りを載せたトレイを前にため息をつく
「内容は充実していてわかりやすいんだけど、
対照的な鶏肉が添えられたシンプルな野菜サラダと栄養ドリンクだけのトレイに視線を落としながら常盤さんが呟く。
「んー、わたしストレスが食欲に直結するタイプなんだー こういうときはいくら食べても太らないし、意外と繊細なのよねー」
そういうことを言うから、中学の頃、一部の女子達から反感買ってたんだぞ、っていうツッコミが喉まで出かける。だが、常盤さんはあまり気にした様子ではなかった、少なくとも表面的には。
「そう……まあ、その気持ちもわかるわ。厳しい環境には慣れてるつもりだったけど、桂教官の指導は学校の授業っていうレベルじゃないわよね」
「そうだね、僕もついていくのに相当頑張らないといけないくらいだけど……」
そこまで呟いてチラリと右隣でハフハフとラーメンをほおばるベンジャミンに視線を向ける。
「約一名、あの授業を楽しんでる
「オゥ! 桂教官はサイコーでーす! 厳しく迫力があって軍服が似合う女性
箸を握りしめて力説する金髪の留学生。皆が桂教官の叱責を避けるために必死に授業に取り組む中、一人、積極的に地雷を踏みにいく姿勢で、授業中の教官の怒声の五割以上はベンジャミンに
「教官の指摘は正しいし、理不尽だと思う内容もないから素直に受け入れるしかないけど、あの迫力は正直怖いよね」
ガウが焼き魚が主菜のA定食を食べる手を止めて、彼らしくない苦笑いを浮かべる。
すると、ベンジャミンが箸を握ったまま熱く語りはじめる。
「なにを言ってるんデスか、あの指導はむしろゴホウビじゃないですか! キビシイ女性の上官! 女教師! ツンデレ! もう、いろいろモリすぎデキすぎデース!」
ちなみに、ベンジャミンはまだ箸を上手く使えないのだが、逆にその
『うわぁ……』
さすがに引いてしまう花月と常盤さん。
この会話を聞いたら、周りの女子達も同じような反応を示すのかな。
「まあ、ベンジャミンは完全なMだよね」
左隣でモソモソとサンドイッチのセットを食べていた陵慈が呟いた。
「M? ……っていうか、東くん、なんでこんなところにいるの? お昼誘われてたじゃん!」
今さら気づいて驚いたように立ち上がる花月。
「もしかして、忘れてた? 今からでも間に合うかな、というか約束無視しちゃダメだよ」
「その通りだ」
瞬間、場の雰囲気が凍り付く。
いつの間にか、花月の後ろに小泉の姿があった。さらに後ろには気の強そうなメガネの女子生徒と、なんとなく軽薄さを感じさせる笑みを浮かべた男子生徒もついてきている。
小泉が僕らを無視して、陵慈へと詰め寄る。
「もしかしたら場所がわからないのかもとでも思って、何度か合図をしたのだが、あからさまに無視しているようだし、何か気に障ることでもしてしまったかな」
「……わかったとは言った。でも、行くとは言ってない」
「なっ……!?」
淡々と言い切る陵慈に言葉を失う小泉、彼に代わって後ろにいたメガネ女子が歩み寄り、陵慈の肩を掴む。
「ちょっとあなた! 小泉君にその態度、失礼にも程ってものがあるのよ!」
「うざい」
──パシッ!
容赦なく女子生徒の手を払い飛ばす陵慈。
「な……っ!?」
「
小泉の言葉に、
清月さんが先に
「何か誤解があるようだ。また後日仕切り直させてもらおう。君のお父上にも頼まれているしね、東君はこちら側の人間だ、友人づきあいも相応の相手とするべきだ」
「それって、どういう意味!?」
ああ、花月が反応してしまった。
「さっきから黙って聞いていれば勝手なことばかり!」
さて、どうやってなだめたものかと考えつつ僕が腰を浮かそうとしたとき、先に小泉の取り巻きのもう一人が動いた。
「ゴメンゴメン、
「どういう意味だ」
不機嫌そうに睨みつけてくる小泉を無視しつつ、自然な流れで花月の手を取って上下に振る。
「コイツらちょーっとエリート風吹かせてて、ムカついちゃうと思うけど、オレは
状況を把握できずにポカーンとした表情を浮かべる花月の手を離すと、小泉の肩に手を回して無理矢理この場から立ち去らせようと歩き出す。
肩越しにこちらを振り返って、
「コイツさー、桂教官にも憧れててさ、そっち方面でもキミたちを羨んだりもしてたりするし、チョイチョイ絡んでいくこともあると思うから、そのあたりは諦めてスルーしてくれたほうが精神衛生上イイと思うよー」
「ちょっ! なにを!?」
「小泉君に馴れ馴れしすぎるって言ってるでしょ! 身の程を弁えなさい!」
そんなこんなで学食から出て行く三人の後ろ姿を見送りつつ、なんか両肩のあたりに重いものを感じて僕はため息をついた。
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