第三章 攻略

第29話 攻略開始

 ──一度きりのチャンス、闇王やみおうを封じて光の石に名を刻め。さすれば世界の因果いんがは神の手にかえ


 このメッセージとあわせて、精霊の住まう森に【闇王やみおう墓所ぼしょ】というダンジョンが出現したとの情報はまたたく間に広がっていった。

 ことの真贋しんがんを疑う声も少なくはなかったが、他に解決に繋がる情報が無い中、混迷こんめいの沼の中に放置されてしまっているT.S.O.プレイヤーたちにとって信じたくなる内容ではあった。

 これまた出元不明ではあるが、闇王の墓所内部の動画データがネット上に流出してしまったことが、結果的にプレイヤーたちに対する挑戦として受け止められることにもなる。そういう状況を鑑みて、運営、ノースリード側もあくまで開発時のテストサーバでのデータと断りを入れた上で、ダンジョン内のMAPや、出現するモンスターデータの公開に踏み切った。


 全十三層に及ぶ高難度こうなんどダンジョン。レベル上限に達したキャラクターたちで編成された複数パーティが連携して攻略していくことを想定した調整。

 通常であれば、腕自慢のプレイヤーたちが我こそはと挑み、さほど時間をかけずに完全攻略されてしまっただろう。


 しかし「一度でも死んだらアウト」という現状が大きく影を落とす。


 運営側から攻略データが公開されているとはいえ、それがそのまま実装されているという保証は無い。

 となれば、結局試行錯誤トライアンドエラーを繰り返しつつ攻略を進めることになるが、キャラクターの死という失敗はプレイヤー自身の社会的な死にさえ繋がりかねないのだ、慎重になってしまうのは当然ともいえる。

 情報流出とそれに付随する騒ぎについては、真知の事件もあって無分別な情報拡散に批判の声が高まっている。そのことがきっかけとなり、司法や行政が事態の抑止よくしに動き始めてもいた。

 そういった動きのおかげで、【VRハッキング事件】については、一旦落ち着いてきたようにも見える。しかし、無責任な野次馬やじうま根性と悪意は水面下へ潜り込んでしまっただけで、むしろ状況は悪化していたのだった。

 その証左しょうさとなるのが、ダンジョン内を中継する動画へのアクセス数急増である。

 この中継動画は運営がアクセスできるカメラとは別の映像を映している。ダンジョン内で活動するプレイヤーたちの姿をゲーム外へと配信しているのだ。撮影場所や対象プレイヤーの基準は判明していないが、基本、先行しているパーティを中心に追うように設定されているようだった。

 ゲームサーバ内から直接公開されているため、運営側も止めようがないこの中継が火に油を注いだとも言える。なにしろ、社会的な死の危険と隣り合わせという状況で活動するキャラクターたちを、安全な場所から煽ることができる、滅多に味わえない娯楽であるのだ。


 ──事件の早期解決を!

 ──運営があてにならないんだからプレイヤーがなんとかするしかないんじゃね?

 ──チンタラやってんじゃねーよ、遊びじゃないんだぞ


 などといったようなコメントが、次々と動画につけられていく。


   ○


「で、ワタルたちはどうするんデスか?」


 実家から宇宙学園へと戻った翌日、強行軍きょうこうぐんで疲れた身体にむち打って登校したものの、さすがに体力的に厳しくて休み時間に机に突っ伏していたところへ、クラスメイトたちが集まってくる。

 ちなみに、先週、ずっと空席だった僕の隣の席には、陵慈りょうじが座っていた。

 僕が外出している間に、桂教官が女性立入禁止だと立ちはだかる男子寮の寮監りょうかんと正面対決の上、強行突入してきたという話を聞いたが、たぶん、それと関係あるのだろう、というか、それ以外にない。

 このことについては隣の部屋のベンジャミンとガウも詳しくは話してくれなかったし、陵慈は終始しゅうしイライラしてるし、今のところ、自分から踏み込まない方がイイかなと判断している。


「どうするって、何を?」

「T.S.O.のコトです、新しいダンジョンの話、思いっきり広がってマスよ」


 ベンジャミンの興味津々きょうみしんしんという雰囲気を隠そうとしない素直な性格はキライじゃない。

 後ろではガウが小さく肩をすくめてから、僕に向かって申し訳ないといわんばかりに目配せしてきた。

 気にしなくていいよと軽く手を上げてから、ベンジャミンの顔を見上げた。


「そうだね、とりあえず攻略には参加するつもりだけど」

「はい、はい、わたしも!!」


 横から花月かづきも割り込んでくる。

 僕は小さくため息をついてから、横目で花月をにらむ。


「ならさ、教官への報告書、少しは手伝ってよ……」


 授業が始まる前に、現状と今後の行動について報告しに行ったのだが、その際、教官からいくつかの指示を受けたのだ。


   ○


「授業外の細かな行動については制限する権限は無いから、私から止めろとは言わない。ただ、学園の授業を優先すること、及び、影響を及ぼさないこと。万一の時のために、当座の計画内容と毎日の報告書を必ず提出すること」


 そこまで話すと教官は少し考え込んでから、再び口を開く。


「前に説明したけど、八月には軌道エレベータでの宇宙実習が予定されているし、これは大きなトラブルが発生しない限り、予定は変更されない。宇宙へ上がってもネットは使えるけど、地上とは違い拘束こうそく時間も長くなる。なので、勝負はこれからの三ヶ月よ」


   ○


 休み時間の終わりが近づいてきたため、花月を追い払い、ベンジャミンとガウには、公開してもつかえないと思われる情報と、攻略にギルドのメンバーと参加するつもりであることを告げ、詳しいことは話すと伝えて、その場を収めた。

 今日中に教官に提出する報告書を作成しないといけないし、宇宙実習へと向けて、授業内容も、より本格的な内容に入っていく。夜の自由時間をできるだけ多く取るためにも、何もかも効率的に進めていく必要がある。

 教室を出て、実習室へと向かう廊下で、ふと足を止めて窓の外にある天高くそびえる軌道エレベータを眺める。


「んー 少し厳しいかも」


 思わず弱音が漏れてしまった。だが、妥協だきょうするつもりはなかった。

 別に正義感とか使命感とか、ましてや真知のためとかいう想いでもない。

 もしかしたら、モチベーションの根っこには少なからず影響していたのかもしれないけど、少なくとも現在の僕自身にその認識はなかった。

 いったん目を閉じてから、再び視線を前方に戻す。

 今は立ち止まっている場合じゃない。

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