第13話 仲間として

 サファイアさんが家族から聞いてきたという前提で説明してくれた。

 どうやら、朝の段階では真知まち自身、個人情報の流出には気づいてなかったらしい。メールとかブラウザは使えなくなってたけど、単なる端末かサービスの不調だと家族も本人も思ってたらしく、いつものように学校へ向かったとのこと。

 でも、学校ではすでに流出事件が話題になっていた。しかも、収まらないのは例の写真に一緒に写っていた子たちだった。内容が内容だけに教師たちにも呼び出され、確認が必要とのことで午前中に一度帰宅を命じられたが、その子たちの怒りが真知に集中してしまう。

 学校からの連絡で母親が仕事先から一足先に家に戻って真知を迎えたのだが、見た目にも憔悴しょうすいしており、母親の制止を強引に振り切って別の端末からネットにアクセスしたらしい。結果、受けた衝撃はさらに大きく、見かねた母親が今度は強引に部屋まで連れて行って休ませたらしい。


「それで、お母様が夕食前に部屋に入った時には姿を消していて、警察へ連絡して……っていうのが現在の状況」

「ボクが真知ちゃんの家に行ったのは午後の三時くらいだったけど……」

「その時間だと微妙なところね……イズミくんから聞いたかも知れないけど、今、ラピスちゃんの家の周りも大変なことになってて、ご両親だけはラピスちゃんが帰ってきたときのために警察と自宅に残ってるけど、お姉さんは少し離れた駅前のホテルに避難してるそうよ。なので、イズミくんも心配なのはわかるけど、自重した方がいいと思うわ」

「……ラピスちゃん可哀想」


 ジャスティスが肩をふるわせている。


「確かにお酒とかタバコとか写ってるけど、ラピスちゃんが悪いってことにはならないじゃん! それに友だちに責められたら、友だちだと思ってた子たちに酷いこと言われたら……」


 そんな少女を元気づけようとするミライの顔にも、納得いかないという表情がありありと浮かんでいる。


「そうだね」


 ロザリーさんがゆっくりと歩み寄ってジャスティスの頭を優しげに撫でる。

 クルーガーさんも優しげな笑みを浮かべる。


「少なくとも私たちはラピスちゃんのお友達ですし、味方です。なので、彼女がいつも通りに帰ってこられるようにできることをしましょう」

「そうね……」


 サファイアさんがゆっくりと頷いた。


「お母さんから話を聞いたわ、ラピスちゃん、T.S.O.の仲間にも迷惑をかけちゃったって、何度も悔やんでたって。だから、もしラピスちゃんが帰ってきたら、連絡が取れたら、私たち、ラピスちゃんの仲間は迷惑だなんて露ほども思ってないですって。いつも通り、ハチャメチャにかき回してくれるのを楽しみにしてますって伝えてくださいってお願いしておいたわ」


「サファイアさんグッジョブ!!」


 グイッと親指を立ててみせるジャスティス。


「さすがはWoZの良心なだけはあるね、やることにソツがない」

「あら、あねさんに褒めて貰えるなんて久しぶりで、なんか気味が悪いですね」


 ロザリーさんとサファイアさんの掛け合いに場の雰囲気が和んでいく。


「あ、そうだ」


 ジャスティスが落ち着いたと確認したのか、ミライがこちらに顔を向ける。


「今回の件で再認識したんだけど、やっぱり【ワンダラーズ・オブ・ゼファー】ってギルド名、中二病こじらせていて、ちょっと恥ずかしいですよね」

「あー、やっぱり、私も思った。恥ずかしくて口に出して言えないもん。もうさ、略称の【ウォズ】でいいじゃん、オズの魔法使いっぽいし」


 いつも通りの調子に戻って指を突きつけてくるジャスティスに、なぜか隣でうんうんと頷いている我が弟。

 予想外のツッコミに僕の顔が瞬間的に熱くなる。


「いいじゃん、別に! 名前をつけたときはカッコイイっと思ったんだよ!」


 ギルドハウス内に笑い声が弾けた。


   ☆


「ふうっ……」


 僕はHMDヘッドマウントディスプレイを外して机の上に置いてから、大きく息を吐き出した。

 とりあえず、今後のこともあるので、ギルドメンバー全員のそれぞれの予定を確認し、生活に差し支えのない範囲でT.S.O.へのログイン頻度を増やすことになった。

 もっとも、それぞれに仕事や学校があるので、自称専業主婦のロザリーさんに頼る部分が大きいけど。

 もちろん、ラピス……真知が家に帰ってきていないという不安はあるものの、みんなと思いを共有できたことで前向きになれた気がする。


「……なんか、お人好しばかりだね」


 不意に後ろから声をかけられてビクッと身体が震える。

 同室の陵慈だということがわかっていても、まだ慣れない。中学まで弟の翔と同じ部屋を使っていたけど、あいつは結構僕に対して気を遣っていたように今となっては思えるし。

 そんな僕の戸惑いはお構いなしとばかりに、陵慈は僕の横へと近づくと、机の上の端末を指し示した。


「ちょっと資料を送っておいた。今回の流出事件、当事者になっちゃったからアレだけど、他にも何件か起きてる」

「え、ホント?」

「うん、今のところ共通点は見えてこないけど数十人単位で出てきてる。一番注目されてるのは今のところラピスだけど、他の人の流出情報にもいくつか刺激的な内容のもあるから、これから興味の対象も分散されるかも」

「それって、もしかしてラッキーかも」


 もちろん流出してしまった人にとっては不幸なことだし、それを喜ぶのは人としてどうなのかとも思う。でも、目の前のラピスのことを思うと少しでも負担が減る方向へと向かってくれればと強く願ってしまう。


「そうなるといいね」


 陵慈はそう呟くと、再びベッドへと戻ってカーテンを閉めて引きこもってしまう。

 聞き間違いかと思って声をかけたが返事はなかった。

 まあ、それはそれとして、とにかく事態は解決に向かっているように思えた。

 根拠はない。でも、いろんな人たちがラピスのことを思って、彼女のために動いている。

 しかし、そんな楽観的な希望はアッサリと打ち壊されてしまうことになる。

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