第9話 青葉という幼馴染み

 ☆


「えー?、俺、全然心当たりないぞ」


 パチパチと火がはぜる暖炉の前で、背もたれを抱え込むようにして椅子に座っている強面こわもて剣士風の青年が首を捻る。

 T.S.O.のギルドハウス、今、ギルドメンバーの中でログインしているのは僕と目の前のアオという名前の剣士だけ。で、このアオのプレイヤー、俗に言う「中の人」が、朝の会話に出てきた深海ふかみ 青葉あおばだったりする。

 青葉も花月かづきと同様、小学校入学前からの幼なじみだが、両親同士の付き合いも深く、家族ぐるみの生活が続いてきたこともあって、友だちというよりも兄弟という雰囲気の方がしっくりくる。ちなみに、もう一人、リーフという同い年の友人もいるが、その名前はキャラクター名ではなく本名だったりして、事情が色々と複雑でもあるので、説明はまた別の機会に。


「ていうか、急に呼び出されたから何事かと思えば、またワケのわからないことを……」

「いや、だってさぁ……」


 青葉が不満げに椅子を軋ませる。

 今日は授業初日ということもあり、午前はクラスの顔合わせと今後のスケジュールの説明、午後も各専攻ごとの軽いオリエンテーションといった内容で終わった。そのため、通常よりも早く帰宅することができたので、夜のバイトに入る前の青葉を捕まえてゲーム中に呼び出すことができたのだ。


「……今さらだけど、アオって有名人だったんだなぁ」

「はぁ?」と怪訝そうな表情を浮かべるアオに、僕は軽く咳払いしてから、学園でのできごとを説明し始めた。


   ☆


 昼休み、顔合わせを済ませた同じクラスの留学生、ガウ・ロンとベンジャミン・グリーンヒルを、人見知りという言葉に縁がない花月が勢い任せに昼食へ誘い、みんなで学食で食事を楽しんでいたときだった。

 いつの間にか姿を消していた常盤さんがつかつかと僕たちのテーブルに近づいてきて、手にした電子端末を目の前に突きつけてきた。


「朝、あなたたちが言っていた深海君って、この深海君で間違いないかしら」


 その端末にはボクシングを取り扱うスポーツ誌が表示されており、常盤さんが指し示したページには『天才中学チャンピオン 謎の引退騒動、ボクシング界の将来は!?』という小さい記事が載っていた。


「あ、それ……」


 僕と花月が口ごもる。

 それを肯定と捉えたのか、常盤さんがテーブルの上に身を乗り出す。


「やっぱりそうだったのね」

「オー! ワタルとカヅキ、ボクシングチャンピオンとお知り合いなんですネ、スゴイ!」


 いささかオーバーなリアクションをかますベンジャミン。みごとな金髪に淡い紫色の瞳が印象的な貴公子然きこうしぜんとした容姿。しかし、一度口を開くと人懐っこいを通り越してウザイくらいのギャップキャラということが、この昼食の時間で判明している。

 一方で、空気を読んで、そっとベンジャミンの肩に手を置いて制止するガウ。彼は東アジア系の留学生で、髪や瞳、肌の色は僕たちとほぼ変わらないが、すらっとした長身に落ち着いた物腰、微かにエキゾチックさを漂わせる美形キャラ。

 この二人が並んで歩くと、自然と周囲の視線が集まらざるをえない。

 実際、学食に来てからというもの、女子学生の間からは「王子……」とかため息交じりの声が漏れ聞こえてくるし、男子学生たちからは「爆発しろ……」的な嫉妬と敵意の視線が突き刺さってくるし、平凡な自分としてはいたたまれない思いをしていたりする。

 ちなみに、花月は全然気にしていない……いや、鈍感なだけか。

 そんな花月の「あんたが説明しなさいよ」という視線に促されて、僕は頭を掻きつつ、腕を組んでこちらを見下ろす彼女へと顔を向ける。


「うん、青葉……彼は僕らの幼なじみで間違いないよ」

「この記事の内容って本当なの?」

「青葉がボクシングをやめたっていうのは本当だよ、というか、一緒にこの学校受験したんだよね……落ちたけど」


 最後の一言で場の雰囲気が微妙になる。


「落ちた、って、深海君なら中学時代の実績もあるし推薦枠があるじゃない!?」


 さらに詰め寄ってくる常盤さんをなだめるように両手を挙げる。


「あ、うん、保安警備専攻なら話はあったんだけど、アイツ、それを蹴って航宙操縦こうちゅうそうじゅう専攻せんこうに一般枠で出願しちゃったんだよねー」

「はぁ!?」


 理知的りちてきなイメージの常盤さんに似つかわしくない呆然とした反応。

 あ、でも、今の表情は意外とかわいいかも、絶対に口には出せないけど。


「どうして、そんな……よりにもよって航宙科って競争も激しくて最難関なのに」

「アオ……じゃない、青葉はさ『宇宙と言ったらパイロットだろ! 男のロマンだろ! 俺は星の大海へしたいんだ!』とか言って、みんなが止めるのを無視して勝手に出願しちゃったんだよ」


 あの時のウザイくらいテンションが高かった親友のドヤ顔が脳裏をよぎって、思わず苦笑してしまう。


「オー、確かに航宙科は狭き門だったらしいデスね。ワタシは留学生枠があったからラッキーで受かったようなモノデスし」


 言ってることは殊勝しゅしょうに聞こえるけど、それもドヤ顔って言うんですよ、ベンジャミンくん。

 それはともかくとして、多少不本意ではあるが、親友のささやかな名誉を守るために、小さく咳払いをしてから言葉を続けた。


「ボクシングをやってたから勘違いされることが多いけど、青葉って体育会系の脳筋バリバリだと思わせておいて、勉強もできるんだよね、実は」

「うん、できるというか学年トップだったよね」

「そうそう、模試でも余裕の合格判定だったんだよ」


 花月の補足を肯定するように僕も頷いて見せる。

 ボクシングの中学チャンプで成績も優秀で、しかも外見も悪くない。ぶっちゃけ、突発的に半ば本気で背中に蹴りを入れたくなる時もある幼なじみ、ただ、一つだけ愛せる部分があるとすれば。


「……でもね、青葉って天然モノのおバカなんだよね」

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