第8話 現実世界の仲間たち

 入寮初日、僕が一番心配していたのが同室の学生のことだった。特別な理由が無い限り卒業までの五年間、日常生活を共にすることになる存在だ。とにかく第一印象が大事だよな、と自分に言い聞かせていた。

 寮の手続きをしている間に、寮長である教官から同室の学生があずま 陵慈りょうじという名前であること、そして、すでに部屋に到着済みであることを知らされた。

 三階の西側に位置する327号室、その扉の前に立ち、一旦深呼吸してから軽くノックして中からの反応を待つ。


「……?」


 しばらく経っても返事がないので、もう一度、今度は少し強めに叩いてみた。

 だが、声どころか人の動く気配も感じられなかったので、僕は思いきって扉に手をかける。


「失礼します……」


 足を踏み入れた部屋は思ったより奥行きがあるように感じた。右手にはトイレやバスルームの扉があり、反対側には簡易的ではあるがキッチンと、まだ戸が開いたままのクローゼットが配置されていた。その間を通って進むと、正面一面が軌道エレベータをのぞむ大きなガラス張りの窓になっていた。


「うわぁ……」


 目の前に広がる壮大な光景に、思わず口からため息が漏れる。


 ──カタン


 その物音に僕はすぐに我に返った。

 窓の前にテーブルと一対の椅子が置かれており、左右の壁際には情報端末が設置された作業机と収納スペースとセットになった大きめのベッドが設置されている。物音はそのベッドの片方から聞こえたように思えた。


「えっと、僕はこっち……なのかな?」


 何気なくそう呟きつつ、僕は窓に向かって左手のベッドへと歩み寄り、そっとカバンを下ろす。反対側のベッドに視線を向けると、カーテンをぴったりと閉めきった状態だった。


 ……ベッドの中に人の気配はあるんだけど、なんか端末の動作音も微かに聞こえてくるし。


 さすがにどうアプローチしたものかと悩む僕。まだ、午前中だし昼寝だとしても早すぎる時間だ。かといって、もしかしたら体調が悪いのかもしれないし、やっぱり声をかけた方が良いんだろうか。でも、休んでいるのなら声をかけて邪魔するのも悪いかも……といった考えが頭の中でループしはじめた。

 その時だった、ポケットに入れていた携帯端末から小さい音が鳴った。

 きちんと寮まで辿りつけたかどうか心配した家族か、それとも花月からだろうか。とりあえず、端末を取り出して画面を出すと、メールの着信を報せる表示が出ていた。そして心当たりのない差出人の名前。


「東って、誰だ……って、え!?」


 ここに来てようやくその名前が、先ほど寮監から聞いたルームメイトの名前だと気づく。

 恐る恐るメールを開くと短めのメッセージが記されていた。


[余計な干渉は不要。こちらも気にしない、以上]

 

 しばし、携帯端末を手にしたまま呆然とカーテンで拒絶されたベッドを眺める僕。


「干渉は不要って言ったって、そんなの不可能……というか、なんで僕のアドレスわかったんだろ……」


 今は考えても結論が出ないと、無理矢理自分の気持ちを整理して少ない荷物を片付ける。

 その後、メール経由で何度かコミュニケーションを試みたりもしたのだが、結局、直接会話することなく今日に至る。


 もちろん、彼も二十四時間完全に引きこもっているわけではない。トイレやシャワー、食糧の買い出し──寮内には食堂もあるのだが、そちらには行かないようだ──などのために姿を現すこともあるのだが、僕から声をかけても無視されるだけだった。

 かといって、メール経由でのやりとりでは普通(?)に意思疎通ができていたので、いつの間にか僕もその対応に慣らされてしまっていた。


 そんなことを思い返している僕の横で、花月かづき常盤ときわさんと会話を続けていた。


「まあ、航はコミュニケーション能力高い方だよね。深海ふかみくんとかリーフくんとか、結構クセがあるキャラなのに航には懐いてるしね」


 話の流れを聞き損ねたが、話題は僕の人格評価に移っていたらしい。というか、本人を目の前にして遠慮ってものはないのか。

 それにコミュニケーション能力って、ルームメイトとまともな会話ができていない僕に対する当てこすりか。


「懐いてるって青葉あおばがそんなタマかよ。それにリーフは僕から見ても何を考えてるのかあまりわからないんだぞ」

「ちょっと待って、今、深海……青葉、君って聞こえたんだけど」


 突然、常盤さんが反応して、驚いたような表情で立ち上がった。

 予想外の反応に花月がおずおずと常盤さんに問いかける。


「えっと、深海くんの……もしかして、知り合いなの?」

「……」


 二人の戸惑いの視線を受けて、今度は常盤さんが困惑気味に黙り込んだ。

 その時だった、車内アナウンスが駅への到着を報せる。


「──まもなく、宇宙学園前駅に到着いたします。学園直通ゲートは進行方向後方になります。一般のお客様はご利用になれませんのでご注意ください」


 常盤さんが小さく頭を振る。


「……ごめんなさい、今の話はまたあとにでも」


 僕と花月は互いに視線を交わしてから、早足で列車から降りる常盤さんの後を追った。

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