第5話 現実世界の僕

「ふああああ……」


 こらえきれずに大きなアクビをしてしまい、思わず首をすくめてしまう。

 さりげなく周囲を確認し、一度深呼吸をしてから、ゆっくりとシートに座り直した。


 北斗ほくと わたる。これが僕の現実の名前。世間一般で言うところの高校一年生。

 地下を走る朝のリニア列車の中、数少ない乗客は僕と同じような制服を着ている学生たちがほとんどで、それ以外の大人や子供の姿はほとんどない。

 列車の走行音が変化し、次の瞬間、向かいの窓から眩しい光が差し込んでくる。


「んっ……」


 反射的に右手をかざすが、列車の窓の調光ちょうこう機能が瞬時に稼働し、青く広がる海原の光景をきれいに映し出す。

 そして、身体を捻って反対方向、電車の進行方向左側に目を向けると、人工物と植物が機械的に配置された光景が広がっていた。

 その中で、一際目を引くのが中央に天を突き刺すように伸びる三本の柱。


[本日はオノゴロ海上都市かいじょうとし環状線かんじょうせんをご利用いただきありがとうございます。この電車は技術開発エリア経由、ヤタガラス地上ステーション方面行きでございます]


 車内に女性の声でインフォメーションが響いた。


 宇宙へと繋がる軌道エレベータと地上駅を中心に、さまざまな施設で構築されたオノゴロ海上都市、故郷の中学校を卒業して僕が進学先に選んだ場所。


 最小限の荷物と共に引っ越してきて、入学式を迎えたのがちょうど一週間前。

 その後、個人単位でのオリエンテーションを経て、最初の休み明けである今日から、新しく編成されるクラス単位での本格的な学生生活が始まる……ということになっている。


「おっはよー」


 不意に横合いから声をかけられる。


「ああ、カヅキか、おはよー」

「ちょっと、また髪の毛が乱れたままじゃない。実家を出て自活してるんだし、しっかりしなさいよ」


 呆れたように僕を見下ろすのは、九重ここのえ 花月かづき、小学校に入る前からの幼なじみ……というか腐れ縁という表現が近い存在だ。

 今日だって無視すればいいものを、わざわざ隣の車両からこちらを見つけて移動してきたようだ。


「今朝は時間が無かったんだってば」

「ふーん」


 幼なじみにしては珍しくあっさり引き下がった。


「あ、えっと……」


 そこで、僕は花月の後ろに立つ、一人の少女の姿に気がついた。

 短めに襟足でキレイに切りそろえたショートの黒髪に、整ってはいるものの少しキツめの印象が漂う顔立ち。淡い色の髪をツインテールにしている、明るく活発そうな雰囲気の花月とは対照的な雰囲気だ。

 そんな僕の戸惑いに気づいた花月がポンと手を打ちつつ、わざとらしく咳払いを挟む。


「彼女はわたしのルームメイトの常盤ときわ かえで……さん」

「さん、はつけなくて良いわよ」

「あ、あはは、そうだったよね、ゴメン」

「私は、常盤 楓、保安警備専攻所属よ、よろしく」


 凜とした彼女の口調に、僕は思わず背筋を伸ばして立ち上がってしまっていた。


「ぼ、僕は北斗 航っていいます、専攻は施設保守で……こちらこそよろしくお願いします」

「私たちクラスも一緒ってことだし、仲良くやっていこうね!」


 花月が僕と常盤さんの手を取って無邪気な笑みを浮かべる。


「それにしてもここに来てから、ちょうど一週間かぁ、やっぱりまだ慣れないよね」


 窓越しに花月が朝日を受けて煌めく軌道エレベーター、ヤタガラスに視線を向けた。

 釣られるようにして僕も肩越しに外を見る。


 台座に収まるような形でそびえ立つ、流線型の三つの建物。大きなビルのように見えるが、これこそが地上と宇宙ステーションを繋ぐ軌道エレベーターの昇降機ミサキである。全部で三基あり、それぞれに番号が振られていてミサキ-ワンといったように呼ばれている。建物の上端から蒼穹へと吸い込まれるように伸びていく白く光る細い柱が、宇宙へ繋がる証。

 

 ここに来るまでに何度も視聴させられた説明映像の音声が脳裏に再生される──

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