第4話 T.S.O.の愉快な仲間たち

「アリオットくん、ありがとう!」


 長い黒髪を背中に垂らした小柄な女性、さっきギルドチャットで会話していたサファイアさんが、僕の手を取ってブンブンと上下に振る。僕が渡したローブ、《聖女せいじょころも》を、さっそく装備すると、ちいさな花が咲き乱れるギルドハウスの前庭へと駆け出し、嬉しそうに身を翻していく。

 ちょうどゲーム内時間が朝方で、眼下には朝靄がゆっくりと消えつつある湖が広がっている。サファイアさんは、その神秘的な光景をバックに新装備をまとった姿を自撮りしたいということで、いろんなポーズを試していた。


「《聖女の衣》、見たときからずっと欲しかったんだけど、なかなか手が出なくて諦めかけてたのよね。でも、アリオットくんが作ってくれて、本当に嬉しい」


 《聖女の衣》は結構レベルの高い装備品で、高い防御力はもちろんのこと、即死や毒といった状態異常を防ぐ効果も持っている優れた装備だ。さらに、銀色の刺繍ししゅうで聖女をかたどったデザインも人気が高く、市場に出回っている価格はどれも足下あしもとを見た値段設定になっている。


「人気も高いけど、材料に《銀色竜シルバードラゴンの髭》とか《神聖銀オリハルコン》とか必要だしね、アオやロザリーねえさんたちが手伝ってくれなかったら無理だったけど」

「そうね、今はログインしてないみたいだけど、後で会えたらお礼言っとかないと」

「とりあえず、色はサファイアさんが好きそうな紫系にまとめておきましたけど、もし、染色し直した方がよければいってくださいね」

「ううん、これで大丈夫。アリオットくんはデザイナーの素質もあるかもしれないわ、自信持ってイイと思う」

「ははは……」


 サファイアさんはいい人なんだけど、妙にポジティブというか大げさなところがあるというか。見たカンジは清楚な少女キャラなのでほめられて悪い気はしないのだが……


「あ、そうだ。今度何かお礼しないと、何がいいかな……」


 動きにいちいちわざとらしいところがあるというか、アニメのキャラっぽいと言うか。


[あ、なんかお礼とかいってる! ずるいずるい、私たちだってドラゴン退治手伝ったのに!]

[そうだよねー アリくんばっかりずっるーい!]


 突然ギルドチャットから甲高い二人の少女の声が飛び込んでくる。


「あー、もう、二人ともうるさい! 突然割り込んでくるな!」

 耳をふさぐようにして木製のテーブルに突っ伏す僕。ただ、チャットシステムの仕様的に意味のない行為だったりするけど。

 それを見たサファイアさんがクスリとわらう。


「ミライさん、ジャスティスさん……それに、ギルティくんもいるのかな。これから《妖精リンゴのパイ》を作るから時間があるならギルドハウスにいらっしゃい」


[やったー! いくいくすぐいくっ!!]

[ちょっとジャスティス! なにもたもたやってんの! そんなスライムごとき、ちゃっちゃと蹴散けちらすっ! できたてを食べないと意味ないんだから早くしないと]


 《妖精リンゴのパイ》は食べてから一定時間体力と取得経験値量を増加させてくれる能力上昇バフ料理だ。同じ効果を持つ通常のアイテムよりも効果が高いが、調理してから時間が経つ毎に性能が劣化していくというデメリットがある。


[ちょ、ちょっと二人とも手伝……って、ああっ! スライムに装備が溶かされちゃう!]


「あー……なにやってんだか」


 机に右頬をくっつけたままの格好で、三人のドタバタを想像しつつため息をつく僕。


「本当に賑やかな子たちね」


 湯気を立てている美味しそうなパイをゆっくりとテーブルにおくサファイアさん。


「あれ? そう言えばラピスちゃんはどうしたのかしら」

「あ、そう言えば」


 こんな美味しい話にあのおてんばエルフが食いついてこないわけがない。


「おーい、ラピスー」


 呼びかけてみても返事がないので、確認しようと情報画面を呼び出してみる。


「あー これは戦闘中か。しかも、また強敵に見境なく手を出したパターンとみた……」

「そうね、この体力の減り具合は、ちょっと無謀かも」


 同じように情報画面を見ているのかサファイアさんも心配そうな声を漏らす。

 瞬間、シュン、シュン、シュンと三つの光とともに三人の少年少女がギルドハウスの前庭に姿を現した。


「やっほー!」

「パイを食べにきたよー!」

「……死ぬかと思ったぁ」


 魔術士と精霊術士の格好をした少女二人と、和風のいわゆる神職っぽい装束の少年一人。種族は三人ともハーフエルフ。


「おつかれさん」


 僕は駆け寄ってくる少女二人、魔術師ジャスティスと精霊術士ミライに追い出されるようにして席を譲った。

 一足遅れてやってきた少年に声をかける。


「ううっ……また、作ってくれた装備壊しちゃった」

「まあ、気にするな。こんなこともあろうかと、それと同じ装備もう一セットつくっておいたからさ」


 力なく肩を落とす少年、結界術士ギルティ、まとった和風のローブはあちこちが溶かされたように穴が空いていて、ところどころ肌が露出している。ていうか、男キャラのそういう姿は嬉しくないなぁ、ましてや、中の人は僕のリアル弟だったりするし。

 などという複雑な感情を心の中に押し込みながら、兄らしく、励ますように弟の背中をポンと叩く。


「兄さん、ありがと……」

「あっ!」


 サファイアさんが声をあげる。


「ラピスちゃんが……」


 その声に情報画面へ視線を戻すと、ラピスの名前表示が赤くなり、体力を示すバーが完全に消滅していた。


「ん? ラピスちゃん、やられちゃったの?」


 ジャスティスが口の中のパイを一気に飲み込んでからこっちを向く。


「そうみたい。場所はモンテ・エクスルム山道か……ちょっと遠いけど行けない距離じゃないな」


 僕は情報画面を操作しつつ、ラピスの居場所を確認する。


「サファイアさん、すみませんがラピス助けにいくのつきあってもらえませんか? 今、神官にクラスチェンジしちゃうので」

「わかったわ、あのあたりはモンスターレベル的にも大変だしね」


 サファイアさんは、僕の要請に快く応じてくれた。リンゴのパイを渡しつつ、慰めるようにギルティの頭をでていた手を止めて、テキパキと救援のための準備を始める。


「むぐむぐ、ホント、大変だよねー」

「うんうん、ラピスちゃん、悪い子じゃないんだけどねー もぐもぐ」


 ちなみに、ジャスティスとミライの二人もリアルで面識がある知り合いだったりする。不器用な我が弟を引きずり回し、常に二人一組で行動する彼女らは、現実世界でも全く同じノリの双子の姉妹だ。


「まあ、これからも優秀な弟には、あの二人のお守り役を務めてもらいますかね」


 そう口の中で呟きつつ、ギルティにそっと新しい装備を交換トレード機能で送りつけた。純粋な弟の感謝の言葉に適当に答えてから、操作画面に指を走らせてクラスチェンジの項目を選択する。安全地帯レストゾーンであるギルドハウスの敷地内なら職業を自由に変更できるのだ。

 設定して決定ボタンを触ると僕の身体が一瞬光に包まれ、白と青のローブをベースにした神官装備に変化する。


「それにしても、アリくんの神官姿って似合わないよね……もぐもぐ」

「むぐむぐ……それは言わないお約束ってヤツよね」


 我関せずとパイを貪る少女たちに向き直ると、僕は手にした錫杖で地面を打った。


「オマエらもいくの!!」

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