第478話 白昼の流星群

 時を戻して現在。教皇庁の天辺の尖塔が辛うじて見えるくらいの距離で、メルダルツは案内役のヒョードリックとともに待機していた。


「大丈夫っすかね、お二人?」

「さてね、神のみぞ知るといったところ……おや、ということは私は知っているのか」

「意味不明な自家撞着に陥ってないで、ちゃんと心配してあげてくださいよ」


 雑談を交わしているうちに、その瞬間が訪れた。


「おっ」


 メルダルツの肩に停まっている、ファシムの使い魔である小さい鷹ちゃんが、いきなり強烈なオーラを出して荒ぶり始める。


「ピィィィィヤ!!」


 主に悪魔が憑いたのに連動反応しているのだ。


「合図が来たね。ではやろうか」


 いつもと同じでまったく平静に、メルダルツは天に手を翳した。




 変身能力を使わずとも、素の膂力と身体強化だけで、ヴァレリアンは悪魔憑き状態のウォルコとファシムを、悠にまとめて相手してくる。

 極大化した〈爆風刃傷ブラストリッパー〉と〈透徹榴弾ステルスハウザー〉の連発を、魔力を纏った拳を振り回すだけで、全弾余さず叩き落としてくるのだから恐ろしい。


 しかもよく見ると二人の出力を精確に見極め、ほぼ同じ威力をぶつけて相殺し、宿舎の廊下が極力損傷しないよう、気遣いながら戦っているのだ。

 つくづく決死の作戦など組み立てなくて良かった、地力に差がありすぎてまったく意味がない。


 そしてヴァレリアンはただ魔力感知能力が高いだけでなく、野性の勘とでも呼ぶべきか、漠然とした直観も鋭いようだった。

 なぜならメルダルツの固有魔術〈占星術師スターゲイザー〉は、宇宙から隕石を招来する能力である。


 隕石自体は自然現象のため、魔力感知で捉えることができない。

 見慣れたウォルコやファシムですらわからないその予兆を、〈赤騎士〉はどうしてか敏速に察した。


「ぐぬっ!?」


 迎撃の終わりに手を止め、太い首を真上に向けた彼は、隔てる天井のすべてを突き破り、空へと旅立って行った。

 メルダルツの読み通りだ。狙いが宿舎ここや教皇庁そのものでなくても、ことによるとヴァレリアンはそうしたかもしれない。


 ゾーラは〈聖都〉の名を冠すれど、人間時代のように街を守るいい感じの結界が張ってあったりはしない。

 どこまで行っても魔族は個々の力を重んじ、他を利する機構はほとんどが魔石などの外付けによるものだ。


 そのため自然災害を防ぎたければ、素直に高等戦力を運用するしかない。

 最たる者が〈四騎士〉なのだから、座視する理由のあるまじきは明白だ。


「しめた!」「うむ」


 ウォルコとファシムの相棒関係も、この半月ほどでそれなりに板についてきたようで、ファシムが自分と同じことを考えているのが、ウォルコには確認せずともわかった。

 想定したよりヴァレリアンの反応が早かった。つまり二人がこの場を離脱するまでのリミットが長く残った。


 しかもおそらくヴァレリアンは適切に対処するので、放たれた隕石がこの宿舎に落着する可能性は極めて低くなる。

 得た猶予でやることは決まっている。来た道を取って返し、一気に至る二人だが……ヴァイオレインが泊まる居室は、すでにもぬけの殻だった。


「「……ッ」」


 よく考えたら襲撃を受けたのに、のうのうと留まっている理由がない、普通に他室へ避難したのだろう。

 もう探している暇はない。絶句するも束の間、ファシムがウォルコを掴んで、一気に窓から逃亡を図る。


 迎えた景色は、白昼の流星群だった。

 やはり四騎士は普通の連中ではない。




 ほぼ同じ頃、デュロンたちはアクエリカに連れられて、昨日とは別の軽食屋オステリアで昼食を摂っていた。

 オノリーヌと並んで座ったデュロンは、対面のリュージュと三人で、黙って料理に舌鼓を打っていたが、全員が食べ終わったあたりで、隣のテーブルのアクエリカ、ソネシエ、ヒメキア、イリャヒがシャルドネ叔母様へのお土産をなんにするかという話題で盛り上がり始め、リュージュもそれに加わったため、姉弟はしばし手持ち無沙汰となる。


 タイミングを計っていたのか、二人の後ろから人狼ふたりにしか聞こえない音量で、話しかけてくる声があった。


「……そのままで聞いてくれ。いや、少しなら振り返っても構わん」


 指示に従い、アクエリカに気付かれないような微妙な角度で首を回すと、二人の背中合わせの席には、デュロンにとっては見慣れた金髪の巨漢二人が、あちらも微妙な角度で横顔を見せていた。

〈金〉の枢機卿ことレオポルト・バルトレイドと、彼を護衛する聖騎士ゴルディアン・アックスフォルドだ。レオポルトは黒い法衣の上に同色の外套を纏い、ゴルディアンは白い制服を黒い外套で完全に隠しているので、パッと見ジュナス教の聖職者らしいということしかわからない。普段の生活がどうかは知らないが、彼らも市井の店で食事を摂りたくなるときがあるのだろう。


「これはこれは、かのバルトレイド猊下がこのような薄汚い下賤の場所へお忍びでいらっしゃるとは」


 昨日議場でアクエリカが不用意につつき回していた彼のバックボーンについても、デュロンとヒメキアが護衛チーム全員と共有してしまっている。

 オノリーヌの立場からは良い印象を抱きようがないだろうが、それにしても皮肉が露骨すぎやしないかと、デュロンはヒヤヒヤした。


 なにせ状況としては、もっとも有力視される政敵の一人、しかもゴリゴリの武闘派に背後を取られているに相違ない。

 もし普通に殴りかかられるだけで、ハザーク姉弟などひとたまりもないというのに。


 しかしもとより白昼堂々ことを構える気は毛頭ないようで、レオポルトはむしろ悄然と言葉を続けた。


「そう神経を逆立てる必要はない。聞いているだろう、オノリーヌ・ハザークよ。貴様らの両親にとって、儂程度は路傍の石に過ぎなかった。貴様らの運命に対して、儂はなんの影響も与えとらん。与えることができなかったというのが正確だがな」


 納得したわけではだろうないが、オノリーヌが黙り込むのを確かめて、レオポルトは水向きを変えてくる。


「昨日はずいぶんな言い方をして悪かったな、デュロン・ハザーク」

「え? あ、いや……」

「アクエリカの言った通りだ、儂はただただビビっておったわ。貴様らの両親は、梟雄……いや、英雄と呼ばれるに足る力と器を、確かに持っておった。聖下のおっしゃることだ、〈予言の子〉というのも、あながちデタラメでもないのだろう……」


 そこでレオポルトは、にわかに少しだけ語気を強めた。


「だが! 儂ものうのうと静観しているつもりはない。〈悪魔の王〉、通称〈災禍〉を討つのはこの儂だ!貴様が予言をどう受け止めているかは知らぬが、儂の方からは貴様のことを、勝手に好敵手と認識させてもらう。加減はせんぞ、小僧!」


 なるほど、そういうことなら対応しやすい。遠慮なくいつもの調子で喋るデュロン。


「……俺たち魔族の肉体に、齢なんざ関係ねーって言われりゃそうだけどよ。アンタもう五十七だろ? 老骨に鞭打つのは勝手だが、俺に先越されたからって泣くんじゃねーぞ」

「こ、この若……!」

「レオポルト様、ここで叫ぶのは勘弁してください。だいたい挑発したのはあなたの方じゃないですか」

「ぬ、ぬう……」


 主を宥めつつも、ゴルディアンも思うところはあるようで、若干のプレッシャーをかけてくる。


「まあそういうことなんだけど、正直俺自身も半信半疑だ。最低でも現時点で管理官級マスタークラスの実力を示してもらわんことには、その呼称も虚名と言わざるを得ないかな」


 答えようとしたデュロンの肩をオノリーヌが優しく押さえた。やはり口喧嘩は彼女の方が強い。


「勝手に託された予言について、勝手に苦言を呈されても困るのだけどね。わたしたちの世代にとって、ジジイは十把一絡げにジジイであるからして……年寄りの冷や水は早死にの元だ、二人揃ってさっさと引退してはどうかね?」

「こ、小娘……別の言い回しで似たような煽り方をしおって」

「お、俺はまだお兄さんだぞ……猊下だってまだまだジジイなんてお齢じゃない」


 なぜか結構効いているのに調子づき、姉は眼をひん剥いてブチ上げる。


「わたしの方からも予言を授けよう。うちの弟は最強であるからして、〈災禍〉も、子分がいればそいつも、ボコ殴りにして倒してしまう。そのとき君らは与り知らず、すやすやおねんねの最中だと理解したまえ」


 ダメだ、発言にだいぶブラコンが混じってきている。冷静さを欠いた舌戦に意味はない。どう両者を宥めようかなと考えていると、デュロンはいまだ記憶に新しい、漠然とした圧のようなものを感じて、なんとなく空を見上げた。


 そこには白昼の流星群。

 いや、もっと近い。

 というか、そのうち一つがこちらへ近づいている……?

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