第437話 異端です 異端ですよね 異端です(オスティリタ心の一句)

 ところ変わって教皇庁、少し時間を遡る。

 いつものように黒犬たちを通して現場の状況を把握している教皇サレウスは、同じように使い魔の使役に長けた部下の一人を居室に呼び、対応を協議しているところだった。

 デカマロン四兄弟のうち一番大柄な次男を〈青騎士〉が殴り倒したのを見て、サレウスは静かに息を吐いた。


「終わったようだな……」

「ええ。しかし、よろしかったのですか、聖下?〈四騎士〉を全員出動など……御身の守りが、彼ら抜きでは緩いとは申しませんが……」

「そうする必要があったのだ……今回の主な目的は、ガス抜きだからな」

「ガス抜き……ですか」

「ああ……たとえば竜と巨人が各々『我らこそ最強種族なり』と唱えたとして、我ら並の魔族どもがどちらにも異論を差し挟むことはできぬことはわかるな?」

「それは、はい……」

「そもそも滅んだ人間どもを模した都市文明を中心とする、現行魔族社会が成立を許されているのは、ひとえにそれが彼らにとって、それほど都合の悪くないものだから、あえて壊すメリットがさほど大きくないからと、温情で目溢しされているに過ぎぬ……。

 我らが竜か巨人と本気の戦争になれば、我らの敗死は十割堅い。竜と巨人が手を組めば、我らを二回滅ぼせる……個体数こそ差はあれど、彼ら個々の平均的な強さは、我らなどとは比較にもならぬ……戦力差が火を見るよりも明らかなのだ、全面的な争いはなんとしても避けねばな……」


 片手間の執務にしばし手と眼を移してから、教皇は部下との会話を再開する。


「しかし、それはあくまで種族全体の方針だ。どのような共同体にも、若い跳ねっ返りは現れるが、これは健全な自然現象だな……そうした不満や鬱憤の受け皿が、まったくないのももどかしい……彼我のパワーバランスを改めて確認し……兼、まあその、なんだ……交流試合、というのは妙だが……とにかく見ていてわかっただろうが、殺し合う温度ではないことは確かなわけだな」

「なるほど……では今回も上手く平和裏に……おや?」


 部下の訝る理由に、サレウスも気づいた。

 敗けたデカマロン四兄弟と交代するように、新たな巨人の四人組が、〈世界の果て〉からやって来たのも気になる。

 が、それはなんならすぐさま〈四騎士〉を呼び戻せば済む話ではある。

 問題は南東方面から突如として現れ、彼らに接近していく、この世の者とは思えぬ……良く言えば神秘に溢れた、悪く言えば面妖な姿である。サレウスは頭を抱えた。


「な、なんでしょう、聖下……あの、女……? でしょうか……?」

「まずいな……」

「ええ……あんなところをフラフラしていて、巨人たちの怒りでも買ったら……」

「そうではない、逆だ……の暴走を宣戦布告と受け取られたら、まずこのゾーラが危ぶまれる……なにせ曲がりなりにも総本山を謳うのがここだ」


 要領を得ない様子の部下を見て、サレウスは具体的な説明を口にした。


「やはりお前のような若い者たちにも、普段からある程度は周知しておくべきだな……あの女はオスティリタ……プレヘレデ語で『敵意』を意味するその名の通り、救世主の代行者として信仰と忠誠を試すべく、信徒に対し悪魔のごとき振る舞いを為す、神に属する必要悪……一言で言えば、天使だな」


 新たに繋いだ同期リンク先に、二言三言を伝え置く。


「というわけで、すまぬな……もう少し働いてもらうことになりそうだ」




 魔力が思念の力であれば、そのまま出力したものはいわゆる念力となる。

 それは原始の魔術にして、最強の権能と称するに支障ないものと呼べる。


 話に聞いたわけではない。目の当たりにするに際し、その事実を自ずと認識せざるを得ないというのが、デカマロン四兄弟の現状なだけなのだ。


 あっという間の出来事だった。が直接触れもせず、指先で撫でるような動きをするだけで、神への不遜を口にしていたデカレモン四兄弟の巨躯は、それぞれ捻られ、凹まされ、吹き飛ばされ、叩き伏せられ、なにもできずに戦闘不能に陥っていったのだ。


「あら、ずいぶん威勢が良かったのに、意外と呆気ないものですね」


 女の姿は一見するに、尋常な人型魔族の範囲から外れてはいなかった。

 輝く金髪を腰まで伸ばし、同色の眼はいっそ不気味なほどに美しく、服らしきものはなにも着ず、白磁の肌と豊満な体を多少なりとも隠すのは、帯同するように浮かぶ白い羽衣らしきもののみ。

 社会的観点ではちょっと異様な風体ではあるものの、「妖精です。見ての通り浮遊能力があります」と言われたら、「そうなんだ、よろしくね」と流してしまうことはできなくはない。


 ただその卓抜した精強な攻撃魔術が看過できない異彩と脅威を放っている。

 こいつはいったいなんなのだと、腰を抜かしたまま見上げるデカマロン四兄弟の視線をどう受け取ったのか、女は滞空したまま振り返り、にっこり笑って言ってくる。


「あなたたち四人は、特にジュナス様を貶める言動はしていませんでしたね。そのまま帰っていただいても構いませんよ」

「あ、あのー……彼らも俺たちの同胞なので、見逃してもらえないかなー、なんて……」


 おっかなびっくり持ちかけてみた提案を、ボーエンはすぐさま後悔する羽目になった。

 一転女は眼をカッ開き、してはいけない角度で首を傾げてくる。


「異端に与する者は異端です。あなたたちも処刑対象ということで決定ですね。殺します」

「しまった! 融通とかがまったくないタイプの人だった!」「なにやってんだよ中兄者!?」「ナンパならもっと上手くやれよ!」「無念、我らこれまでか……」


 気まぐれなようで絶対的な指標に従い動く天使の食指を、止めに割って入ったのは同質の力だった。

 靡くはライム色の髪、光るは褐色の肌。瞬くまなこは白黒反転。


「はいこんにちは天使ちゃん! すごい格好だし顔かわいいしおっぱい大きいね! よければわたしとお茶しない!? 積もる話もあったりなかったり、知らんけど!」


 今言いたいことを全部いっぺんに言いつつ、飛来する勢いそのままに掴みかかるというのは、ことその天使に対しては、生半な魔力出力でできることではない。

 事実、天使は鬱陶しそうに、つまり一方的に跳ね除けることができず、闇森精ダークエルフの細腕に、同程度の華奢な筋骨で拮抗する。

 一見すると小娘同士が戯れあっているようでいて、実際には膨大な念力同士が打ち消し合う、挟まれれば圧死確定の強硬な力場が形成されているのだ。


「またあなたですか、〈白騎士〉マキシル……そろそろ私に対する妨害行為を、ジュナス様への反意と受け取りますよ?」

御方おんかたの意に反しているのは、わたしとあなたどっちかな!? よーし、こっちはわたしに任せて、ゲオさんはフォローよろしくね!」


 低空飛行で近づいてくる見知った道化師ピエロが、もはや姿と声だけで安心を与えてくれる。


「はいはい、お任せあれ……さっきぶりざんすね、デカマロンさんたち。新顔の巨人さんたちもお初に御免ざんす。身内の恥はこちらで洗わせてもらうんで、まあ落ち着くまでこのまま待っててくだしゃんせ」

「誰が恥ですって!? このオスティリタ、この身に恥じるところなどなに一つありません!」

「その格好でそれ言っちゃうと、好きで見せてるんだと思われちゃうよ!? いいの!?」


 どうやらなんとかなりそうだと、若い巨人たちは胸を撫で下ろした。

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