第7話

 東御ホテルグループの中でも、都内一等地に立つ、セレブ御用達の高級ホテルに到着した。

 部長が駐車場に車を止めると、ちょうど隣に1台の車が止まり、中から3人のスーツ姿の男性が下りてきた。

「おや、二棲建築さん、今日はずいぶん別嬪さんを連れてきていますねぇ」

 車から降りてきた50前後の細身の男が私の顔をじろりと見た。

「府網建築の、木頭専務……あなたが今日は……?」

 へぇ。府網建築の木頭専務さんというのか。府網建築さんは専務さんが社員二人を連れて出てくるのに、うちば部長で、しかも素人の私と2人。大丈夫かしら。

「タイプの違う女性を連れてきても、東御社長はなびかないと思いますよ?もう、この仕事はほぼうち、府網建築で決まりですからねぇ」

 そうか。この仕事は、府網建築とうち、二棲建築の二社で争っているのか。そういえば、最終候補の2つに残ったみたいなこと言っていたけれど。府網建築が相手かぁ。確か、うちは4連敗してましたよねぇ。

 部長がぐっと言葉に詰まって何も言い返せないでいる。

 明らかに馬鹿にしたような表情で府網建築の木頭専務がニヤニヤと笑っている。

 ああ、もう。いくら4連敗中だからといって、弱気になっていてはとれる仕事も取れないでしょう。

「失礼ですが、別嬪と容姿を褒めていただき光栄えすが、女性の容姿を話題にするのはセクハラというのはご存じありませんか?」

 にこりと笑って、木頭部長に言って差し上げた。

 別嬪という単語が、本気かどうかも分からないけれど。女ってだけで、添え物飾り物で東御社長を油断させるために連れてきたと思うのも、全女性にも、東御社長にも失礼な話だと思う。

 というか、木頭専務はどうせ、仕事を取るために、接待とか、女性のいる店に取引先を連れて行ってるんだろうなぁ。

 うちの社長はそういうのが嫌いで……まぁ、だからたびたび府網建築に負けているんだけどね。

「なっ、生意気な」

 はいはい。女性が口を開くと生意気ですか。

「それから、東御社長になびいていただいては困ります」

 左手の薬指が見えるように、困ったわという仕草で頬に手を当てる。

「後々、色仕掛けで仕事を取ったなんて噂されても迷惑ですから」

 木頭専務の後ろに立つ、2人の社員にも視線を向けて、にこりと笑った。

「では失礼いたします」

 それから、部長に声をかけてその場を後にする。

「深山くん、君があんなことを言うとは驚きだよ」

「私も、自分で驚きました」

 心臓がバクバク言っている。

「でも、もし山崎さんだったら、こんな時どうするかなぁと思ったら、つい口が動いていました」

「あはは、そうか、どうりで。山崎くんみたいだと思った。いやいや、はははは」

 部長が楽しそうに笑っている。

 どうやら、緊張がほぐれたようだ。

 はぁ。本当に心臓がバクバクだ。

 山崎さんの言っていた姿だけでもできる女の恰好をというの。恰好をしているだけで、なんか鎧を身に着けたようで少しだけ強くなった気がするから不思議だ。

 中身は、どうしよう、どうしよう、っておどおどすることばかりの弱虫なんだけど。

 いや、違うなぁ。女出一つで子供を育ててきたんだから、だいぶ強くなっているか。

 駐車場から1階へとエレベーターで上がっていく。

「うわぁ……これは、また、すごいですね」

 さすが高級ホテルだ。

 フロント周りだけでも、豪華さがすごい。中央に吹き抜け。クリスマスシーズンには大きなツリーが飾られるのかなぁと思うような場所。その吹き抜けをぐるりと囲むように両サイドからカーブした階段が伸びている。

 フロントは広く明るい。きちんとした服装の女性や男性がにこやかな笑顔で対応している。

 入り口の回転扉の外には白い手袋をはめ、赤い服装のドアマンが2人立っている。

 入ってくるお客様の服装も、みなきちんとしたものだ。ジーパンにTシャツなんてラフな格好の客はいない。

 作業着姿では行けない場所だという意味が分かった。

「部長、事務服でも浮いているんですけど……」

 作業服よりはましだろうけど……。

 一生泊ることはないんだろうなぁ。

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