呼んでますよクチナシさん

澄崎そうえい

第一章

第1話 ラブコメはいつも一目惚れから

 ※

 桜咲き乱れる季節。生暖かい風が駆け抜ける校舎内。

 ガララ、と図書室のドアを開け、本の匂いのする室内に入る。中は静かで、校庭で遊ぶ奴らの声すらはっきりと聞こえる。

 だが俺は、そんなことは気にせずたった一人に見とれていた。


「……」


 フワッと開いた窓から入り込んだ風が、彼女の美しい髪をなびかせた。彼女の瞳に覆いかぶさっていた前髪がふわりと舞い、その隙間から彼女の瞳がはっきりと見えた瞬間。


 俺、桐生明日人きりゅう あすとは、名前も知らない彼女に恋をした────



 ※

 俺、桐生明日人は、地元の県立高校、宮崎高校に通う高校二年生だ。

 自分で言うのもあれだが、かなりのイケメンだ。その上、高身長でスタイルもいい。そして桜とも合う。

 桜とも合うというのはつまり、桜の美しさに負けず劣らずということだ。

 告白された回数は数え切れず、幾度となく芸能事務所のスカウトを受けるも、断り続けている。


「はぁ……イケメンもいい事だけじゃないな」

「そんなこと言ってたら殺されるよ明日人」


 おっと、心の声が漏れてましたか。

 俺は隣を一緒に登校する田川凛たがわ りんにツッコまれる。

 凛は、なんというか正ヒロインみたいな感じだ。顔面偏差値は高く、誰にでも愛想が良く、文武両道。煌びやかなストレートの黒髪は、誰もが目を惹かれる。


「でも本当なんだぞ?街を歩けば話しかけられるから思いっきり遊べないし、告白を断るこっちだって心苦しいんだ」

「それはイケメンだからしょうがないんじゃないかな」


 悲しきかな。

 やはり世の中は程々がいいのだろう。


「というか、なんで告白全部断るの?可愛い子もいるでしょ?」

「あぁいるな。この前は遠藤先輩だったな」

「ええ?! 明日人、遠藤先輩から告られたの?!」

「あ、やっぱり凄い人なのか。取り巻き多かったし」

「凄いも何も、去年の生徒会長じゃん!」

「あ、言われてみれば……。なんか聞いたことあるなと思ったんだよ!」

「覚えてなさいよ!で、その告白も…」

「もちろん断った」

「このイケメンめ!」


 凛は「このバカぁ!」とポコポコ俺を叩く。可愛いじゃないか。

 そこで俺は、何度目になるかわからない言葉を言う。


「俺には、心に決めた人がいるから」

「もしかしてそれって私……?って、どーせ例の女の子でしょ?どこがいいのよ」

「いや、いい所も沢山あるんだぞ?例えば……」

「ほら、出てこないじゃん。そもそも名前も知らないのに好きになるってどういうこと?!」

「いやそんな事言われても……。図書室でたまたま見かけて可愛いなって思って……」

「図書室?」


 凛が図書室というワードに引っかかったのか、俺に聞き直してきた。


「明日人、それって、クチナシさんじゃない?」

「へ?クチナシ?」


 凛から飛び出してきた言葉に、俺は素っ頓狂な声を上げた。



 ※

 時はあっという間に過ぎて放課後。

 俺はついに彼女の名前を知ることに成功した。大きな一歩ではないだろうか。

 彼女は、梔子朱里くちなし あかり。曰く、放課後は学校の図書室にこもり、ひっそりと本を読んでいるらしい。そこから付いた渾名が妖怪『クチナシ』。

 そもそも、苗字が『梔子』と読むのだから意味ないんじゃないか、と思うが……。


「ほんとにいた……」


 図書室を訪れた俺は、図書室を見渡し、一人で本に読み耽る梔子さんと思われる人物を見つける。

 髪は綺麗なものの、前髪が目にかかっているので、どこからどう見てもド陰キャだ。どことなく話しかけづらいオーラがある。

 それでも俺は意を決して話しかけてみる。


「あのー……」

「………」


 無視。

 寝てるのか?

 だがさっきまで、ペラっと本のベージをめくったので、起きているはず……。


「あのー……!すいませんー!」


 無視。

 ここまで無視されると流石にヘコむんだが……。

 俺はもう一度大きな声で話しかける。


「あの!梔子さん!」

「っ!……わ、私ですか?!」


 やっと俺の存在に気づいた梔子さんは、図書室に自分と俺しかいないことを確認すると、呼ばれたのが自分だと認識した。


「あ、桐生さん……ですよね?……私になにか……?」

「あー用があるってわけじゃないんだけど……」

「そそそそうですよね!桐生さんのような人が私に用があるわけ……」

「いやあります!あります!」


 ヤバい。ド陰キャさんの思考回路ヤバい。

 ネガティブすぎじゃないですかね。


「……それで、用というのは……?」

「あ、梔子さんっていつも本読んでるの?」

「……そうですね。放課後は大体いつもです」

「そ、そうなんだ!本が友達、みたいな感じ?」

「……そうかもしれません」


 やべ、地雷踏んだわ……。

 今の発言は、遠回しに「友達いないんだね君」と煽りに来たと捉えられかねない。しかも、用事という名目を完全に無視だ。

 だが、ここで挽回するのが本当のイケメン。

 俺は梔子さんの向かいの席に座り、右肘を立てて掌を頬に当てる。そして、



「じゃあ、俺と友達にならない?」

「……はい?」



 梔子さんは「何を言われたかわからない」とぽかんと口を開ける。


「俺と、友達にならない?」


 俺は再び繰り返し、心の中でガッツポーズをする。よく言った俺!お前は最高だよ明日人!

 これで、梔子さんも……



「……ごめんなさい。あなたとお友達にはなれません」

「え……?」



 その瞬間、俺の時間は止まった。精神的に。

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