婚約破棄されたから世界を巡る!【急募】一緒に行く仲間

りん

第1話 胸躍る婚約破棄

「フレイア、国に操られるばかりの人形のようなそなたと生涯を共にしようなどと思えぬ。よってそなたとの婚約は、今この場を持って破棄とする!」


 王太子が意気揚々と言い放つ。

 

 フレイアは、それをいつもと変わらぬ笑顔で聞いていた。驚かなかったわけではない。ただ、いつでもどんなときでも心を落ち着かせよと言いつけられて育っただけだ。


 しかし王太子はその冷静沈着な様子が気に入らないのか、眉をより一層ひそめてフレイアを睨んだ。


「フレイア、聞いているのか? ああ、それともまた、父親の意見を仰ぐつもりか?」


(また、とは、いつのことかしら。殿下がわたくしの家の庭に忍び込んできて「俺と結婚しろ」と仰せになったときの話かしら?)


 確かあれは6つのときだ。あのときのフレイアにはどうしてもやりたいことがあって、色々な見合い話を駄々をこねて断り続け、結果としては皮肉なことに、正式に申し込まれれば断れない王子の婚約者の座に収まってしまったのだ。


(そしてまた皮肉なことに、申し込んできた側から破棄するのね)


 ただし今回は、父親の意見を仰ぐまでもない。


 あのときやりたかったことは、今もなお、フレイアの心の中に熱を持って眠り続けている。


「——殿下の御心のままに」


 優雅なカーテシーの下で、フレイアの熱は再びメラメラと燃え上がり始めていた。


(それではどうぞ、わたくしのことはお気遣いなく)


 そんな心のうちも知らず、フンッと鼻を鳴らした王太子は不快そうな顔をする。


「ああ、そうか。その答えすらも、教科書通りのものだな。それで、そなたはこれからどうするつもりだ?」


 王子からの蔑みの目すら、もはやフレイアの眼中にはない。


「わたくしは遠くより、この国の幸せを祈っております」


 ただ、用意していた言葉をつらつらと口にする。いつもより少し浮ついた口調になってしまったが、状況的にはもっと慌ててもおかしくないくらいなので、誰も気にしないだろう。


 とはいえその中の誰一人として、フレイアが動揺から声を震わせたのではなく、心躍るあまりに声を上ずらせてしまったことは知るまい。


(これでこの国を出ても、誰にも文句は言われないわね)


 そして、当然フレイアがそんなことを考えているとも知らず、そこにいた者たちは、見惚れるほど綺麗なお辞儀を残して静かに去っていくフレイアを見送るしかなかった。



-・*・-



 その夜。


 フレイアは両親に呼び出されていた。やけに静まり返った書斎で、額を抑えて机の前に座った父と、複雑そうな顔をしてその横に立つ母がフレイアを出迎えた。


「......フレイア、殿下に婚約を破棄されたというのは真か?」

「ええ、お父様。やっぱり破棄されました」

「やっぱりとはなんだ、やっぱりとは!」

「最近の噂はお耳に入ってらしたでしょう? そのとおりです」

「......」


 黙りこんだ父の顔は苦々しげだ。

 知らないはずはない。王子が平民の女性に入れ込み、婚約者に冷たくあたっているという話は、貴族の中では公然の秘密のようになっているのだから。


「......それでフレイア、一応聞いておきますが、あなたはこれからどうするつもり?」


 口をつぐんでしまった父の代わりに母が尋ねる。「一応」とつけたあたり、このひとはフレイアのことをよく分かっている。


「お母様。わたくしは、お国のため山の奥の神殿に籠って祈りを捧げている——ということにしていただけますか?」

「......それで?」


 青くなっていく父の顔と、残念な子を見る母の目を見ながら、フレイアはにっこりと笑った。それはもう、令嬢に求められる聖女の微笑みなんかではなくて、喜色いっぱいの、夢を見る子どものような、弾けた笑顔を。


「わたくし——いえ、私は、世界を巡る旅に出ます!」


 元気の良い宣言が邸宅中に響き渡る。


 そのすぐあと、2つ分の大きなため息を聞いたのは、邸宅の主人一家の揃ったその部屋の隅で、壁となり空気となって佇んでいた執事ただひとりだった。

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