碩学のファインマン

ponzi

第1話 東京江戸川区の弁当工場「祝一」

 下町東京江戸川区の弁当工場「祝一」に豪志は勤めていた。まだバイト扱いで手取りは16~17万円ほど。2014年のことだった。39歳の豪志はカツカツながらも、割と優雅な一人暮らしを満喫していた。弁当工場なので朝は早い。午前5時に出社。工場から徒歩5分のアパートを家賃月6万7千円で借りていた。

 豪志のこれまでの人生はそれほど幸わせなものではなかった。海城高校を出て東大受験に失敗し立教大法学部にしか受からなかった。友人たちはだいたい早慶一橋レベルには行ったので「何でお前だけが」という扱いだった。東大を目指して浪人するも浪人中に不眠症を発症し、不眠の苦しさに耐えかねて自殺未遂。21歳のときだった。

 精神病院に入りベゲタミンやリスパダールなど強いクスリを飲み少しずつ眠れるようになるも、知能障害など副作用も出て20代は寝たり起きたりの廃人として過ごした。30代で少し復活してきて33歳で日大経済学部に入学。友達もできて彼女もできて起業して数千万円稼ぎ、ナンパと風俗で女120人斬りしてそれなりに楽しく遅い青春を謳歌した。

 だが、38歳で事業が行き詰まり実家に帰って職探しするも就職活動は失敗続き。警備員や出会い系サイトのさくらのバイトまでして実家のある千葉県松戸市で生計を立てていた。

 39歳のときに母親がガンで他界し、その葬式の席で祝一の社長をしている親戚のおじさんに

「タケ、ウチに来い」と言われ、

「お世話になります」となった。

 就職面接では社長と常務が立ち会ったのだが、祝一にしては高学歴で面妖な豪志を中卒たたき上げの常務は気に入らなかったようで、

「俺と大してトシ違わねえんだ!」とやたら怒っていた。

 祝一は社長と常務の下に部長のサトウさんとスズキさんがいてその下に課長が6人いた。その下に豪志の直属の上司のホリコシさんがいてバイトのタカハシさんとイシカワさんがいた。    

 ホリコシさんは40代、タカハシさんとイシカワさんは60代。豪志はその3人と中国人労働者と一緒に主にご飯を詰める作業と食器洗浄の作業をしていた。

 中国人労働者はハルビン出身で中国残留孤児2世のゴ君と女性のスンさんオウさんタンさんなどだった。日大の第2外国語で中国語を習っていた豪志は中国人たちとすぐに仲良くなり、つたない中国語で会話したりしていた。

 母方の旧姓は「松井」というのだが、その親戚も何人か働いていた。社長の息子はサトシ君、松井の次男のおじさんの3男ユウキ君、社長の兄の息子のナオヤ君。母方の祖父は3人の女性に8人の子供を産ませていたので、松井の親せきは大所帯だった。

 豪志は初めこそ仕事に着いて行けず皆と衝突したが、やがて慣れるにつれて皆と打ち解け、戦力になって行った。

 祝一にはパートのおばちゃんが多かったが、中には可愛い女の子もいて、管理栄養士のコと,元キャビンアテンダントで事情があってバイトしているコと恋仲になっていった。豪志には元々トモヨとクミという2人の彼女がいたが、祝一に来る前から疎遠になっていた。なので新しい恋の始まりはワクワクしたし、会社勤めも悪くないなと思い始めていた。

 仕事は午前5時から午後4時まで。家に帰るとFXばかりやっていた。FXは以前からやっていたので得意。仕事を始めて種銭もできたので、すぐに1千万円近く作り、洗濯機、冷蔵庫、エアコン、電子レンジを買い、洋服、靴、時計を高価なものでそろえていった。風俗に行き、秋葉原にも行き、割と楽しい毎日を過ごしていくのだった。

 20年苦しんだ不眠症も眠れるようになり、生活リズムが整い、精神科医からジプレキサというクスリをやめるように勧められ、やめてみると、98kgあった体重が83kgまで減り、頭は良くなり、顔も精悍になった。会社でもホメられ女ウケも良くなるのだが、これがキッカケで身の回りで少しずつおかしなことが起こり始めた。

 豪志はサラリーマンが集まるネット掲示板「2ちゃんねる独身男性板働く独男スレ」を愛用していたのだが、そこで、

「仕出し弁当400円です」

「またタカがどうのこうのとかフェイスブックに書くのか」など、匿名の豪志の素性を知っているかのような書き込みが始まったのだ。会社でもパートのおばちゃんたちが、

「裏の顔があるからねえ」

「化けの皮がはがれるからねえ」などと聞こえよがしに言っている。ゴ君をつかまえて詰め寄った。

「何か知ってるんじゃないのか」

「ジョウム」と片言の日本語で答えた。常務のことは父親からよく聞いていた。中卒で祝一に入社し、苦労してここまで出世してきた人だ。豪志の父親や親せきのおじさんたちが可愛がり、面倒を見てきた人だ。その人がストーカーのようなことをするとは信じられなかった。

 父親に相談したが相手にされなかった。

「お前のような40男をストーカーして誰が得するんだ」と。豪志は自分で常務を追い詰め始めた。ネット掲示板にリアルタイムで状況を報告し、会社の中で聞き込みを進めて行った。

 ある日の昼休み、常務がサトウ部長とラジオのニュースを聴きながら、

「最近、青酸カリで毒殺される事件が多いなあ」

「流行ってますよね」などと豪志の前でこれ見よがしに会話した。3時の休憩のとき、豪志が会社の冷蔵庫に入れてあるりんごジュースを飲んだときおかしな味がした。新人のじいさんが豪志の目の前に座り、ジュースを飲み干すのをじっと見ていた。まるで何かを確認するかのように。

 その日の退社後、午後5時頃、心臓が痛くなり、動悸がし、めまいがした。近所の図書館に助けを求め、救急車を呼んでもらった。脈拍、血圧共に異常な数値を示した。江戸川病院に運び込まれたが、医者は事件性のある検査は出来ないと何もしてくれなかった。

 脈拍も血圧も収まり、夜中、小岩駅まで歩き、新小岩まで電車に乗ると、乗客が豪志のことを知っているようだった。ネット掲示板を見ている人たちかなと思った。新小岩からバスに乗るとき美少女が数人、豪志の周りに集まっていた。帰る道すがら、ずっとパソコンで怒りの書き込みをしていたのだが、美少女たちも見るのかな、とすっかり怒りが解けてしまった。

 翌朝、会社に行き、

「もう許さん。絶対証拠をつかんでやる」と再び聞き込みを開始したのだが、社長に怒られ、皆は豪志の頭がおかしいと言い出した。父親から電話が入り、

「お前は原病院に行った方がいいな」と言われた。群馬県伊勢崎市にある原病院は父親が以前から顧問弁護士を勤めていたところだった。ネット掲示板に事の顛末を書き、

「可愛い看護婦さんと一緒に考えてきますわ」と締めくくった。

「もう中国人の女の子連れて逃げようかな 何だかんだであの子たち純粋だからな 日本人の女の子はすぐカネ勘定するからダメだ まあ日本人でもあの子はそういうタイプではないと思うけどドMだから結局周りの空気に流されんだよな だから着いて来いって言っても 土壇場でヒヨりそう 」

「マジで中国人の女の子たちって本音では日本人の男と一緒になりたがってるんだよな 勿論ちゃんとした男に限るけど 」

「あの子たち普段話しててもときどき救いを求めるような目で俺のこと見るんだ 彼女たちは一人っ子政策だから子供を作れないけど 本当はもっとほしいしだからちゃんとした日本人の男ならソイツに着いて行きたいと思ってるんだよな 」

「あの子たちはよく働くよ 旦那も子供もいて家のことしながら朝から晩までよく働くんだ 日本人の男と一緒になってそいつが金持ちでいくらでも贅沢させてやるとかいってもいきなりブランド品で身を固めて平日の昼間から表 参道にランチを食いに行くようなバカは一人もいない 」

「彼女たちが抱えてる苦しみはもっと本質的なものなんだ まあ旦那も中国人だから幾ら夫婦仲が良くても日本じゃ言葉の壁があるし、日本国籍も取れないから一人っ子政策の呪縛に苦しみ続けてる 」

「彼女たちはみんな若くして結婚して子供も産んで尚且つ馬車馬のように働き続けてる 彼女たちが本当にほしがってるのはカネとか贅沢じゃなくて言葉の壁や人種国籍を理由に子供の学校や役所や職場で不当に差別されたり本当に若くて健康で何人でも子供産めるし産みたいのに政治の理由で産めない 」

「彼女たちが本当にほしがってるのは最低限人間として生きられる尊厳だけなんだ こういうのは実際に中国人の女の子と付き合って彼女たちが本音を話してくれるまで徹底的に真剣に向き合った奴にしか分からない 」

「まずあの会社で起きてる現象は全て女子高マジックだ 別に俺は自分がモテてるだのなんだのいうつもりはないし 別に今までも割とこうだったからあまり気付かなかった あくまで推測というか俺の場合全部唯物論的根拠に基づく推理なんだけど 」

「たぶん一定数の女の子が僕があそこに入ったことで何らかの心理的影響があったのは間違いないだろう 」

「具体的に言うとそれまでブサイクな上司と不倫してたような娘がそいつよりちょっとばかりマシな男が現れて今の不倫相手と別れて あっちに行こうかなとなったと そうすると不倫相手だった上司も当然心穏やかではいられずに浮き足立つわけだ 」

「そんな娘が数人現れるとその友達、不倫、交際相手、噂好きまで含めておかしくなるわけだ 別に僕程度の顔なんて街に出ればゴマンといるわけだがメスのマインドとして外には基本的に目が向かない あくまで自分が所属するコミュニティの中で恋愛対象を探そうとする 」

「これはメスの本能というより先天的に持ってるマインドなんだ こういうのは全部進化心理学で説明されてるから教科書を読めば全部書いてある そして当然オスのマインドというのもある 」

「女子高マジックというのは割とよくある話だが男子高マジックというのはない それはオスは別に可愛い女教師が現れれば 当然その子に恋をするんだけどフラれれば外に違う彼女を探しに行くだけなんだ そこはメスとは先天的にマインドが違う 」

「あの会社には基本的に年寄りしかいない その中で少数の若い女の子が恋愛対象を探すとしたら勢いダメなオスの中から 比較的マシなオスを選ぶしかないんだ ロクな男がいないというより最初から彼女たちの恋愛対象になる年代や条件をそろえたオス の数自体が圧倒的に少ないんだ 」

「昔橋下徹がまだ弁護士兼テレビタレントだった頃巧いことを言っていた 「橋下さんがテレビ弁護士の中で 一番のイケメンに選ばれたそうです」と向けられて「それはウンコとウンコを比べてこっちが比較的マシなウンコという話ですね」と 」

「そういう中に僕がポンと入ったわけだ 別に僕は自分を卑下もしてないし自尊もしてない 普通に街に出れば 好みの女の子に声をかけて必死に粘れば何とか彼女にはなってもらえるというレベルの顔のウンコだ 大体パートのおばちゃんたちも含めて僕の周りの女がおかしくなってるのはそういう理由だ 」

「ちなみにこの間早朝に書いた何人が見たか知らないけど中国人の女の子の境遇や人生に関する分析は あれは大体当たってると思う ただあれは極めて高度な政治的利害を含んだ話だ こっちはいわば他の日本人の彼女たちの 単なる勘違いを指摘するという話なんだ 」

「ただねえ、勘違いではあるけども、これはさっきも言った通りメスの先天的に持ってるマインドが左右してる話なんだ だから、僕は実際事務の女の子たちがどういう話をしてるのか そもそも事務の女の子が何人いて誰が誰で何ていう名前なのか すら知らない 」

「基本的に僕が恋愛感情を抱いてたあの子ですら名前も知らないんだ マジで そして、こういう指摘をしたからと言って彼女たちが、誰とどういう交際や不倫をしてるのか知らないが、理屈で理解したところで 彼女たちの行動や今までの交際相手との関係はさほど変わらないと思うんだ 」

「それは彼女たちの恋愛感情を動かしてるのは メスが先天的に持ってるマインドが理由だからだ むしろ、この話が原因で不倫相手と別れさせたとなったらその上司は僕を激しく 逆恨みするだろう 」

「だから基本的にこういう話をしても僕にメリットは殆どないんだが、あまりにも空気がおかしすぎて僕まで おかしくなりそうなので、まあ何人が読んでるかは知らないが現状を少し冷静に分析説明した方が状況が幾ばくか整理できると 思ったからだ 」

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