盲目の巫女は、優しき獣王子に触れて愛の色を知る

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第1話


「俺はクレハ・デル・ルーナスとの婚約を破棄し、改めて妻となる者を探そうと思う」



 ソル王子の口から飛び出た突然の破談宣言に、夜会に集まっていた人々がざわめく。

 今日のパーティはこのソル王子が主催し、自国の貴族や他国から招いた賓客ひんきゃくなど、多くの人が集まっていた。


 誰もが歓談をやめ、食事の手も止めて言葉を投げかけられた私の方へと視線を向ける。

 しかし当の私は頭が真っ白だ。彼らを気にしている余裕は全く無かった。


 その理由は『なぜ、どうして』――この言葉に尽きる。


「どうして、といった顔をしているな。理由は出自と……お前のだ。お前の母は遠方の島国からやって来た、得体の知れぬ巫女なのであろう? 侯爵は隠し通そうと思ったのかは知らぬが、次期国王となる僕に秘密なぞ言語道断。処罰を与えず、婚約の破棄だけで済むことに感謝するんだな」


 確かに私のお父様であるルーナス侯爵が、当時旅をしていたお母様を見初めて妻としたのは事実だ。

 だけどお母様は占星術として星見ほしみをする程度で、何も害は無かった。

 人を騙すこともしないし、それを言いふらすこともしない大人しい人だったのに。


「それに、だ。幾ら見た目が良いとは言え、人前にすらまともに立てぬ者を王妃とすることはできない。お前、俺が話し掛ける度にビクビクと縮こまりやがって。あぁ、気味が悪い」

「……そ、それは」


 その原因を説明するため、咄嗟に王子の前に出ようとする。


 しかしそれを邪魔する声が耳に入り、思わず足が止まってしまった。

 周囲からヒソヒソと私のことを指す悪口が聞こえてきたのだ。


「たしかにあの真っ黒な髪。カラスみたいで気持ちが悪いわ」

「良く見たら目まで真っ黒なのよ。血のような涙を流すんですって」


 何も知らないような人たちの、口さがない言葉の数々。

 さっきまで一緒に居た人たちも、私からそそくさと離れていく。



 さっきまで鮮やかなたくさんの色で溢れていたのに。視界は嫌な黒いモヤモヤだらけ。他に何も見えない。



 気付けば、自分の瞳から涙がポタポタと流れだしていた。

 それを見てさらに周囲が沸く。誰も味方は居ない。



 どうすればいいの……誰か助けて……。



 怖い、という感情で頭の中が埋め尽くされた。

 足がすくみ、その場から一歩も動けなくなってしまう。



「ほら見ろ。こんな調子では、責任のある公務をこなす俺には相応ふさわしくない。さっさと家に帰るんだな。……まぁ、家にも居場所があれば、だけどな」


 ハハハ、と嘲笑あざわらうソル王子。


 ひどい……


 彼に相応しくなれるように、勉強だってダンスだって頑張ってきたのに。

 社交だって、何事も無ければ喋れるように……。



 ソル王子の言う通り、お母様が流行り病で死んでからのお父様は私に対して冷たくなった。

 家に居場所が無いことも彼は全て分かっているのだろう。



 クスクスと笑う真っ黒たちが私を囲み、足元がグラリと揺らいでいく。



「それぐらいにしておいた方が良い。せっかくの夜会が台無しだろう」


 意識が飛びそうになった瞬間。

 落ち着いた、低い声が聞こえた。

 その声の主は私が倒れそうになったところを優しく手で支えてくれていた。


「貴様は……」

「ヴォールク・アト・ヴァジニ。ヴァジニ王国の王子だ」

「……ちっ。あの魔石大国のか」


 ソル王子は名乗りを上げた彼に対し犬、と暴言を吐いた。


 ヴァジニと言えば、魔道具の燃料となる魔石を産出する小国だ。

 豊かな資源に恵まれているけれど、その代わり彼の国は呪いを受けたと言われている。

 その呪いとは獣化と呼ばれ、徐々に獣のような特徴が身体のどこかに現れるらしい。

 

 だからあまり自分の国から出て来ることはないと聞いていた。

 実際にこうしてお会いするのは、私も初めてだった。



「自分で招いた客の顔ぐらいは覚えといた方が良いと思うぞ、王子様よ」

「ふんっ、貴様なんぞ魔石が無ければ我が国に足を踏み入れることすら出来んのだぞ。こうして華やかな場に居れるだけ、有り難いと思え」

「ふっ。別に来たくて来た訳では無いのだが……そうだな、では土産を貰ったら大人しく帰らせて貰おう」


 そう言ってヴォールク王子は抱えたままの私の顔を覗く。


「土産、だと?」

「あぁ。お前たちはこの女性が不要だと言うのだろう? ならば俺が貰い受ける」

「はっ……? 突然なにをほざいて……」


 ヴォールク王子の発言に頓狂とんきょうな声を上げるソル王子。



「……いや、そうだな。なら引き換えに、魔石を優先的に我が国へ卸せ。その条件でそいつを売ってやろう」

「……自国の民を売るなどと、下衆げすなことを。だがいいだろう。それで手を打つ。これで取り引きは成立だ」

「え? あ、あの……」

「ではその忌まわしいソレを連れて、さっさと去れ。ちっ、折角の衣装が犬臭くなっちまったぜ」


 捨て台詞を吐いたソル王子は他の令嬢達の元へと行ってしまった。結局最後まで失礼な物言いを改めることはなかった。


 ちなみに私はいまだにヴォールク王子の腕の中だ。


 そして私の意思は完全に無視のまま、その腕に抱き上げられてスタスタと出口の方へと運ばれて行く。



「……最後に挨拶でもする奴はいるか?」

「……いえ。いないです」

「実家の方は」

「……だいじょうぶ、です」

「そうか。なら、我がヴァジニに」


 ヴォールク王子は前を向いたまま、力強くそう呟いた。


 この時。その言葉で、私は何となく悟った。

 私がこの国に帰ってくることは、もう二度と無いのだと。


「はい……お世話になります」


 だけど不思議と悲しくはなかった。

 その証拠に私の頬を流れていたはずの涙は、すっかり止まってしまっていた。



 私はお姫様抱っこの状態で運ばれた挙句、彼が用意した馬車に乗せられ、ドレス姿のままヴァジニ王国へと向かっていた。


「えっと……私はこれから一体どうすれば?」

「強引な真似をしてすまない。だがあれ以上、キミのことを放ってはおけなかったんだ」


 自分のしたことを思い出したのか、少しバツの悪そうな声色でそう告げるヴォールク王子。

 さすがにちょっとやり過ぎたと反省しているようだ。


「いえ、あの時は助かりました。そうだ、魔石……何から何までご迷惑を……」


 そういえば私を庇うために魔石を融通する約束をしてしまっていた。

 こんな私に、そんな価値は無いのに……。


 ジワリ、と視界がにじんでくる。

 それに気付いた王子が優しくハンカチで顔をぬぐってくれた。


「気にするな……というより、俺がキミのことを欲しいと思ったのは本心だ。名前はクレハと言ったか。クレハには魔石よりもずっと価値がある」

「それは一体……」

「……まぁそれは追々、な。それよりも気になったことがある。クレハ……キミは目が見えていないんだろう?」


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