第49話 つまり勝負下着って事

 ひたすらにアプローチをかけてくる雪菜ちゃんをマンションの近くまで送り届けて帰ろうとすると、そこで先生から電話がきた。


「はい」

『今終わったよ〜! ちかれたぁ〜! そういえば赤坂くんが物凄いスピードで廊下を走ってる姿見たけど、何かあったの?』

「なんでもないですよ」

『そう? それならいいんだけど……って用事はそれじゃなくて……あ、あのね? 明日って何か予定あったりするかなぁ?』

「いえ、特にないですね」

『もし、もしね? 赤坂くんが大丈夫だったらなんだけど……今夜、一緒にいたいなって……』


 今夜? どうしようかな。今週の月曜日からしばらく所用で家を空けるって言って、どこかに行った母さんがいつ帰ってくるかわからないんだよね。


「またなにかあったんですか?」

『と、特に何も無いよ!? 新しい下着買ったとか、新しい部屋着買ったとか、薬局行って色々買うの恥ずかしかったとか、昨日からちょっと豪華なご飯の下準備してたとかじゃないよ!? ほら! この前赤坂くんに好きになってもらえるように頑張るって言ったでしょ? だから頑張ろっかなって。頑張ったら一緒にいれるかな? って思ったの。……ダメ?』


 先生、全部ダダ漏れです。そして恥ずかしい会計っていったい何を買ったんですか? 全然想像出来ませんよ。全然。まったく。見当もつかない。


「えっと……」

『あ、その! 無理だったらいいの。急に言っちゃってゴメンね? なかなか言う勇気出なくて当日になっちゃっただけだから。私がダメダメだっただけだから……ね? うん、この話は無し! あ、そうそう! 私のクラスに渡瀬彩音さん居るでしょ? その子が赤坂くんの住所聞きに来たんだけど……何かあったの? 一応個人情報だから言わなかったんだけど』

「行きます」

「……ほぇ?」

「まだ家に着いてないので、一度帰って着替えたらすぐに行きます。だから部屋で待っててください」

「え、あ、うん……うんっ!」

「じゃ、そういうことで」


 僕は電話を切って家に急ぐ。学校で僕を追いかけてきた時の彩音さんの執着を見た感じだと、例え住所を聞けなくても僕の家を見つけるかもしれない。しかも今は母さんがいないから、尚更ママになるとか言いかねない。それはダメだ。一人で家にいるのは怖すぎる。急がないと。


 僕は家の近くまで来るとそこからは極めて慎重に行動する。なるべく人の目に映らない場所を移動し、周囲の気配を探りながら家の裏から玄関に回って家に入るとすぐに鍵を締める。ここまではセーフ。それにしても……


「母さんはまだ帰って来てないんだな。まぁ、連絡はたまにくるから大丈夫だろうけど。さて……」


 僕は急いで部屋に行くと制服を脱いで私服に着替える。そして全ての部屋の窓の戸締りを確認。鍵だけじゃなくてスライドのロックや玄関の内鍵もしっかり確認したあと、勝手口からこっそりと家を出た。


 ◇◇◇


 で、回り道や遠回りを重ねて今、先生の部屋の前に着いたところ。そしてインターホンを押──さないで右手をポケットに入れる。そして取り出したのは目の前の部屋の合鍵。タネも仕掛けもございません。この前泊まった時の帰りに無理矢理渡されたんだよね。「いつでも来ていいからね? インターホンとか押さなくても勝手に入ってもいいから」って。

 だから僕は言われた通りにその鍵を使って中に入る。車はまだ無かったから、まだ帰って来てなさそうだし、中で待たせてもらおうかな。



「…………へっ?」

「………………」


 鍵を開けて中に入った僕の視線の先には裸の先生。髪が少し濡れてるからきっとシャワーにでも入ってたんだろうけど、タオルの一枚も持っていないからどこも隠れていない。


「な、なんで?」

「なんでって言われてもですね。来てって言われたから来たんですよ。それよりも早く体隠してください」

「え? あ……ひゃあぁぁぁ! タオル取りに行くところだったのにぃぃぃ〜!」


 そして手で体を隠すこともなく色々揺らしながら浴室に戻って行く先生。


「ご、ごめん赤坂くん。タオル取ってもらってもいいかな? タンスの一番上の右側に入ってるから……」

「わかりました」


 一番上か。あれ? そういえば一番上って……


「あっ! やっぱりだめぇぇぇぇぇ!」


 先生がそう叫んだ時にはもう遅く、僕は既にタンスの一番上を引き出していた。

 そこにあるのはタオル──と、色とりどりの下着。こうして見てみると、やっぱり可愛い系のが多いや。で、その下着の列の一番手前には紙袋が置かれていて、それには【赤坂くんとの初めての時用♡】と書かれている。

 なるほど。


「見ないでぇぇぇぇ……」


 浴室から聞こえる先生の消え入りそうな声。早くタオル渡してあげないと風邪引いちゃうなーって思った僕はタオルを取って、その紙袋と一緒に持って行ってあげた。そしてドアの隙間から伸びてきた手にソレをしっかりと持たせる。


「はい先生。持ってきました」

「うぅっ……ありがとう……ってコレも持ってきたのぉぉぉ!? え? これを付けろってことなの? っていうことは……え? えぇ!?」

「じゃあ僕は部屋で待ってますね」

「ま、待って!」

「はい?」


 呼び止める声に振り返ると、先生が赤くなった顔を半分だけ浴室から出してこっちを見ていた。そして一言。


「ま……まだ明るいから……ダメ……だよ?」


 ……なにが?

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