第39話 塞がれる悲鳴。涙
僕は道ではない道を超えて和野先生のマンションに向かう。全力で。
本当ならそこまで急がなくても良かったんだけど、少し事情が変わったんだよね。
それは、こっちの声が聞こえないように走りながらタブレットのマイク部分に細工をして再び【こっそり聞こえちゃうよ君】を起動した時にこんな会話が聞こえてきたから。
『なんだ。今日道路空いてんな。もう香里奈の車目の前じゃねぇか』
『あ? それ大丈夫か? バレねぇのか?』
『大丈夫だろ。暗いし前とは俺の車変わってるからな。この前会いに行った時は車見せてねぇし』
『ならいいけどよ。失敗すんなよ? こっちは金だしてんだから』
『わかってるっての』
ってね。
おそらく移動のスピード的にあまり信号にも引っかかってないんだろうね。そして車が少ないことで予想外に近付いてしまったんだろう。
このままだと先生が部屋に入った途端に押し掛けて行きそうな雰囲気だ。それはマズい。
だから僕はなるべく最短距離で先生のマンションまでほぼ直線で進む。壁があろうが家があろうが関係ない。おかげで先生が帰ってくるより先に目的地に付けた。
「ここだね」
見上げたのは最近ペンキを塗り直したのか、外見だけは綺麗だけどところどころが古びたマンション。
【入居者募集! リノベーション済み!】とは書いてあるけど、見たところオートロックもエントランスには防犯モニターも無さそう。
そう言えば前にクラスの女子から聞かれてこう答えていたね。
「センセーどこ住んでんのー? センセーなら凄い可愛いとこ住んでそう!」
「ん〜? そんな事ないよ? 先生はもう若くもないからね。寝れればいいって感じだし」
「えー! だけどセンセー可愛いんだからちゃんとした所住まないと危なくなーい? オートロックくらいは付いてるんでしょ?」
「え? ないよ? 前に住んでた所は付いてたんだけどね? 鍵を部屋に置いたまま外に出ちゃって、中に戻れなくて色々面倒だったからね〜」
「あははっ! センセーっぽ〜い!」
「あ、あはは……あぅ」
ってね。
和野先生は僕に迫ってきたり、少しえっちな写真を送って来るわりには自己評価が低いのかな? 本人には絶対に言わないけど可愛いと思うんだよね。年齢なんて知り合いでもないとわからないんだから、何も知らない人からすれば無頓着無警戒な女子大生って感じに見えると思うんだよね。危ないなぁ。
──っと、そんな事考えてないで早く着替えないと。スルッパサッゴソゴソ〜ってね。
僕がとある姿に変装した時、和野先生の車がマンションの駐車場に入ってきた。そしてその後ろを走っていた車はマンションの前を通り過ぎて少し行った所で脇道に入り、そこで停まった。
運転席をチラッと見たけどそこに見えたのは確かにあの男だね。さてさて、どうするつもりなのかな?
『今はここに住んでんのか』
『みたいだな。で、どうすんだ?』
『ちょっと待ってろ……今調べたけど、このマンションオートロック付いてないから部屋までは楽に行けるな。よし急げ。部屋に入る瞬間を狙うぞ。チェーン付けられたらアウトだからな』
『おっけ。お? ほら見ろ。想像しただけでこんなんなってきたぜ』
『おいこら。今そんなの見せんじゃねぇよ。ただでさえ後からいやっちゅうほど見なきゃなんねーのによ。カメラ越しに』
『ひっひっひ』
「…………」
あ、和野先生が車から降りてきた。なんだか日に日に疲れた顔になってきてる気がする。
だからかな? 少し気をつけて周りを見渡せば不自然に立ってるあの男達に気付きそうなものなのに、そんな警戒すらなくエントランスに入っていった。それを見たあの男達が先生を追っていくけど、自動ドアが閉まる前に先生が「やっちゃった……」みたいな顔で戻ってきた。きっと車に忘れ物でもしたんだろうね。けど、今それは危ない。なぜなら──
「おわっ!」
「きゃっ! あ、すいま──え? な、なんであなたがここにいるの!?」
「ちっ! まさか戻ってくるとは」
「引っ越してから教えてないのになんで!?」
「あーもううるせぇな。おい」
「おーけいおーけい」
「ちょっ! なに!? んー! んー!?!?」
あの男と一緒に来た男が騒ぎ出した和野先生の腕を掴んで口を塞ぎ、建物の陰に連れていく。助けるなら今なんだろうけど、それじゃダメだ。もう少し……もう少し……
「香里奈、部屋はドコなんだ? 今からエントランス戻ってポストを指さすから自分の部屋のところで頷くんだ。大丈夫だって。そいつが一回だけ楽しんだらすぐ帰るからよ。大人しく教えといた方がいいぞ。それにほら、その歳で処女じゃ馬鹿にされるだろ? 感謝しろよ?」
そこで和野先生は涙を流した。──あ、もうダメだ。
「…………」
僕は無言のまま三人の前に行くとスマホを向けて一枚パシャリ。
「あ? なんだお前──ってその格好、前にコンビニで会ったガキが言ってたな。香里奈の彼氏のなんとかレオって奴か? ……あん? こいつ年下好きだったか?」
「!?」
男は僕の今の格好を見てそう言い、先生はびっくりしたような顔になる。
そう、僕は今、怜央きゅんのイカれた制服を着ている。もちろん髪も金髪のカツラを装備済み。
「おいガキ、今撮ったスマホ寄越せ」
「…………」
先生を捕まえている男がそう言うけど僕は無視する。
「ちっ! 武田、この女捕まえてろ。あのガキぶん殴ってくる」
「お? めんどくさいからやりすぎんなよ。佐々木」
「はん、知るかよ」
和野先生を武田さんに預けて僕の方に向かってくる佐々木と呼ばれた男。なるほど。そっちの体格がいい男は佐々木っていうんだね。
それにしても助かったよ。あなたより小さい武田さんに預けてくれて。そっちの方が吹き飛ばしやすいからね。
僕はポケットから財布を出すと、その中から五百円玉を一枚取り出す。そしてそれを人差し指と中指で挟むと──
「なんだ? 金払うから見逃せってか? 残念。金は貰うけど見逃すのは辞めないんだなぁ〜」
武田の目の上辺りを狙って放った。
「ぎゃあっ!」
「なんだ!?」
痛みに顔を両手で押さえて悶絶する武田。それに驚いて振り返る佐々木の横をすり抜けて僕は和野先生のそばに行く。
すぐに腕を引いて武田と離し、そのまま武田の腹部に膝を入れる。その一撃で下がった顎を掠めるようにして掌底を放ち、ふらついた足を蹴り払って転ばせた。よし、上手く気を失ったみたいだね。ポイ捨てなんかするからこうなるんだよ。環境保護大事。わかった?
「て、てめぇ!」
次に後ろから殴りかかってきた佐々木の拳をしゃがんでかわすと、そのまま振り向いてバックステップ。
「えっ!? うそ……」
後ろで先生が何か言ってるけど、それはとりあえず後回し。すぐ横にある壁を蹴って佐々木の上まで飛ぶ。
「は……はぁ!? 中国雑技団かよ!」
そんなわけないでしょ。僕はあんなに体柔らかくないよ。
って心の中でツッコミを入れると、そのまま宙で一回転しながらそのままの勢いでガードしてる佐々木の腕ごと頭に向かってカカト落としを決めた。
「あがっ!!」
佐々木はそんな汚い悲鳴を上げながら倒れる。
よし、スッキリした。……ん? あれ? あそこに落ちてるの怜央きゅんカツラだね。
ということは……
「赤坂……くん?」
な、なんてベタなバレ方をしてしまったんだ僕は。もっとこう、あとからもう一悶着あってから変装する暇もなく助けてバレるとかの方がカッコよかったのに。「ふっ、バレちゃったか」みたいなやつね。「ふっ」って言いたかったのに。ドヤ顔で「ふっ」って。
う〜ん、残念無念。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます