第26話 母、姫子、29歳

 時間はあっという間に放課後。

 和野先生にジト目で見つめられたり、渡瀬さんから『家からノーブラで来たからずっとノーブラなんだけど、どうすればいいかしら?』ってメッセが送られてきたり、藤宮さんから『ちゃんとブラ付けたよ! ボクのおっぱい、雪菜より大きいんだからね! 雪菜はAしかないからね! 唇だってボクの方がプルプルだからね!』って唇と谷間とブラの写ったまるて裏アカ女子みたいな写真が送られてきたり、奈央ちゃんに体育の後のジャージのクンカクンカ匂いを嗅がれながら一日を過ごした。


 というか、奈央ちゃんはもっとクラスメイトと話して欲しい。日高さんが心配するよ? 僕、何か聞かれたらなんて答えればいいの?


 で、そんな中、やっぱり気になったのは渡瀬さんの様子。いつもみたいな頭のおかしい発言が少ないんだよね。いや、いいことなんだろうけどさ?

 朝の様子を見る感じだと三者面談のせいなのは何となくわかるんだけど、同じ親を持つ彩音さんはいつもと変わらない感じなんだよ。女帝っ! って感じで。

 まぁ、このまま変な行動が減るのは僕的にはありがたいんだけどね。なんなら彩音さんにざまぁwwwするのを諦めて欲しい。


「はい、じゃあ今から三者面談だから順番に進路指導室に来てね。親御さん達はもうすでに来てて、さっきPTA総会が終わったみたいだから」


 和野先生はそう言うと教室から出ていく。

 ……待って? 三者面談する場所であんな扇情的なポーズとって昨日はいったいナニするつもりだったの!? まぁ未遂だったからいいけどさ。

 さて、そんな事より僕の順番は──野村さんの次で最後から二番目か。ん? あれ? 彩音さんが最後なんだ。ということは……ふむ。



 ◇◇◇



 次々と面談が終わって生徒が帰っていくなか、僕は廊下に並べられた椅子に座って母さんが来るのを待っていた。十時くらいにメッセージを送ると、『今確変入った! だけど伸びなそうだから多分間に合うと思う!』って返事が来て不安しかない。きっと総会には出たとは思うんだけど、いったいどこで何してるんだろ?

 そして隣には渡瀬さんと彩音さんとそのお母さんもいる。どうやら双子ってことで続けてやるみたい。廊下には渡瀬さんのクラスの担任もスタンバイしてるし。そして渡瀬さんのお母さんなんだけど、見た感じ普通のお母さんって感じだけどな。よく喋るしよく笑うし。渡瀬さんも彩音さんも相手にしてないから一人で。だけどそんなことも気にしてないみたい。メンタル鬼づよ。

 というか渡瀬さん、なんでそんな借りてきた猫みたいにおとなしいの? 僕の方を見ようともしないし。

 おーい。…………小さく手を振るけど反応無し。まぁいっか。


 そしてその渡瀬家の隣にはクラス委員長の野村さんも座っていた。野村さんの家はお父さんが来たんだね。オールバックに金のネックレスに白いスーツで見た目ヤクザみたいで凄く怖いからこっち見ないで欲しいなぁ。野村さんがツインテールでぶりっ子なのはその反動かな? 見てるとイライラするけど学年一位の成績なのは凄いと思う。キャラ付けは失敗してるけど。


「じゃあ次は野村さん入ってきて」


 進路指導室から和野先生が顔を出してそう言い、とうとう廊下には僕と渡瀬親子だけになった。ちょうどその時、廊下の向こうから人影が見えてこっちに向かって歩いてくる。どうやら女の人みたいだ。そして、その人は僕の前で止まった。


 その女性の年齢は30歳に見えるか見えないかくらい。紺のスーツに身を包んだ姿は、背は少し高めでスタイルは良く、優しそうな目が相手に与えるの安心感と共におっとりとした印象。長い髪は目立たない色のシュシュで一本に纏めてある。……だけど金髪だ。そんな女性が僕に向かって猫なで声で話しかけてくる。


「拓真、お待たせ♪ ごめんねぇ〜? お母さんが通ってた頃の担任の先生としてたら遅くなっちゃった♪」

「…………だれ?」

「あぁ?」


 さっきまでの声色が嘘みたいに低くなり、目はつり上がって眉間にはシワが寄り、血管の浮き出た手が僕の顔をガッシリと掴む。いや、握る。


「痛い痛い痛い痛い痛い」


 や、やめて。アイアンクローはやめて。顔潰れちゃうから!


「誰とはなんだ誰とは。お母様にむかってゴラァ」

「う、うそだ! 僕の母さんはいつも金色の刺繍が入ったジャージを着て新台入替には朝六時から並んでご飯にジャム塗って食べるような人なんだ! 決してそんな小綺麗にして語尾に音符が付くような喋り方はしないんだ! さっきの【おはなし】だってきっとおはなしなんだ!」

「て、照れるぅ……へへ♪」


 褒めてないからね?


「ま、それはさておき拓真は次でしょ? 任しといて!」

「任すようなことは何もないと思うんだけど?」

「そうなの? アタシ、三者面談とか全部サボってたからよくわかんなくてさ」

「ダメだ。心配しかない」

「大丈夫大丈夫。拓真の学校での事バッチリガッツリ聞くから! もしなんか問題でも起こしてたら……」

「たら?」

「教えてもらわないとわからない?」

「…………」


 わからないから聞いてるのに母さんは馬鹿なんだろうか。


「あ、あの……そちら……ええと、赤坂くんのお母……さん、ですか? 随分お若いようですけど」


 と、そこで渡瀬母が声をかけてきた。


「あ、はい。赤坂拓真の母です。とは言っても本当の母親じゃありませんけどね」


 そして外面バージョンで母さんが答える。


「あぁ、どうりで……」

「はい? なにがですか?」

「いえ、自分が産んだ子だったらそんな暴力とか脅しとかできませんからね」

「…………」


 ……なるほど。なんだね。


 そして母さんが何かを言い返そうとしたとき、野村さん一家が進路指導室から出てきた。どうやら終わったみたいだね。

 さ、次は僕の番だ。


「ひ、姫子ひめこさんっ! コンチャーーーッス!!!」


 …………え? なんで? なんで野村パパさんが母さんに直角お辞儀してるの?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る