第24話 二人きり進路指導室

「で、赤坂くんと転校生はどういう関係なの?」

「どうと言われましても」


 僕は今、朝から職員室で自分の席に座る和野先生のすぐに隣に立たされてそんな事を聞かれている。ちなみに小声だ。

 あと、暑くもないのに「暑いね〜」って言いながら胸元を開いたり、スカートを上にずり上げたりして僕に視線誘導ミスディレクションするのはやめてほしいな。僕はバスケは苦手なんだ。


「なんの関係も無かったらわざわざご家族から「この子人見知りですけど、赤坂拓真君は大丈夫なので。何かあれば助けてくれるようにお願いしてありますから」って言ってこないんじゃない?」


 日高さん。そんなこと言ったんだ。なんて余計な事を……。それに仲良くするとは言ったけど助けるなんて一言も言ってないんだけどな。


「あれです。親戚みたいなものです。まだ確定ではないんですけど」

「そうなの?」

「はい」

「なぁ〜んだ! そうだったの! それならそうと早く言ってくれたらいいのに〜。先生心配しちゃった♪ てっきり先生の赤坂きゅんを横からかっさらう泥棒ネコでも出てきたのかと思っちゃった! そうよね。赤坂きゅんは先生の、刺激が強すぎちゃう程に好きだもんね? さっきから視線感じてるゾ? ちなみにEカップなんだゾ? ロリ巨乳は需要が高いんだゾ?」


 しまった。あの時は迂闊な事を言ってしまった。胸元を指差す和野先生を見て心からそう思う。まさか覚えているなんて思わなかったよ。そして先生、胸元開き過ぎでブラも谷間もしっかり見えてます。今日は白にピンクのリボン付き。歳の割にはいつも可愛いの付けてるギャップはズルいなぁ。だけどいつから僕は先生のモノに? そこは断固否定させてもらうね。

 …………Eカップか。それより更に大きい藤宮さんは何カップなんだろうか?

 あと、ロリ巨乳枠は藤宮さんだと思います。


「話は終わりですか? そろそろホームルーム始まると思うんですけど」

「あ、そうね。ちなみに転校生の日高さんは私のクラスに入ってくるからね」


 えぇ……。


 ◇◇◇


「はい、というわけで今日からこのクラスに新しい生徒が仲間入りします。日高奈央さんです。みんな仲良くしてくださいね」


 そう言う和野先生の隣にはうちの高校の制服を着たちょこんと立つ奈央ちゃんの姿。なんというか着てるというより着られてるって感じだけど可愛いね。

 実際、クラスメイトからも「可愛い!」「ちっちゃい!」「ちっちゃ可愛い!」って声が聞こえてくるし。


 ただ、心配事が一つあるんだよね。それはこのクラスには奈央ちゃんが謎の敵視をしている彩音さんがいるということ。なにも無いといいんだけど。


「じゃあ日高さんは一番前の渡瀬さんの隣に座ってね。はい、その列は一つずつ後ろに下がって。学級委員は後ろに用意してある机と椅子を前に持ってきてちょうだい」


 ……なんだって? まさかの渡瀬さんの隣? 転校生はデフォで後ろの席じゃないの?

 まぁきっと、奈央ちゃんが小さいから前の席の人のせいで黒板が見えないだろうっていう気を使った配慮なんだろうけど……それは悪手だよ和野先生。

 きっと教壇の前では血の雨が降るよ。僕は知らないよ?


「…………」

「…………ふっ」


 ほら。お互い目が合っても何も会話がないじゃないか。そしてなんで奈央ちゃんはそんな勝ち誇ったようなドヤ顔で笑ったの?


「じゃあ朝のHRはこれでおしまい。最初の授業は私だからね?」


 そう言って教室を出ていく和野先生。その途端にクラスの何人かが奈央ちゃんの元に集まって行ったんだけど、奈央ちゃんはそれを無視して席を立ち、真っ直ぐに僕の方に向かって歩いてきた。


「たっくん……」


 誰かなそれは。


「たっくん、トイレ」


 ……僕か。そういえば未だに名前呼ばれた事無かったね。日高姉妹には【弟くん(さん)】だったから。

 それにしてもたっくんか……うん。まぁ呼び方はひとまず置いといて、問題はこの状況だよね。

 転校したてなのに僕の事を親しげな呼び方で呼んで、更に制服を引っ張りながらトイレを要求するというカオスな状況。クラス中の視線が僕に向かって……無いね。みんな奈央ちゃんの事を見てる。僕に向かってる視線はただ一つ。彩音さんだけだ。

 顔だけをぐるりと回して僕を睨んでいる。


「たっくん、漏れる」


 なんて鋭い視線なんだ。あれ? なんだか口が小さく動いてるけど何かを伝えようとしているのかな?

 えっと、まずは口をすぼめて、その次はその口を横に伸ばした。これは……【ム・リ】?

 そうか。そうだよね。僕なんて無理だよね。けど諦めないよ。せめて人として扱って貰えるようになるまではね。


「たっくん、も、漏れ、漏れ……漏れれれれれれれれ……あ」


 あ、いけない。奈央ちゃんの顔が青紫になってきた。


「奈央ちゃん! トイレはこっちだから早く!」



 ◇◇◇



「ふぅ。限界まで我慢するのも……中々……」


 日高さん。あなたの妹は思ったよりも変な子です。


「たっくん、約束通り彼氏のフリ、するでそうろう

「それは断ったハズじゃない?」

「お姉ちゃんは言っていた……。目立たない男子がモテていると気になって目で追ってしまうと。そしていつの間にか気になってしまうと」


 キミはどこのバイク仮面かな?

 そしてそれは本当に? 現状だと目で追われないで目で刺されているけどそれがホントに恋に変わるの?

 これが奈央ちゃんが言ったことなら信じられないけど、日高さんが言ったことなら信憑性が格段に増すよね……うん。



「わかったよ。その作戦に乗るよ」

「御意」


 武士返事をしてスマホを取り出すとなにやら操作する奈央ちゃん。それから少しすると廊下の向こう側から渡瀬さんと藤宮さんがスターン、スターンとゆっくり歩いてくる。まるで映画で子供を助けた後に炎をバックに歩いてくるヒーローのように。


「拓真。その答えを待っていたわ」

「拓真くん。ボクとたくさんラブラブチュッチュしようね? あの日の事は事故だからもう気にしてないから。ホントのホントに気にしてないから」

「たっくん。脱いだシャツ欲しい」


 渡瀬さんはまるで女幹部みたい。藤宮さんはめちゃくちゃ気にしてるよね? 可愛い妹のファーストキスの相手が僕なんかなのが嫌なんだろうけど、あれは僕が奪われたんだからね? そこを勘違いして欲しくないなぁ。雪菜ちゃんの唇は凄く柔らかかったけど、ちゃんと忘れたからね? プルプルでしっとりしてたけど忘れたから。そして奈央ちゃん。今脱いだら寒いから後でね。


「あくまでフリだからね?」

「え、ええそうよ? も、ももももちろん」

「し、しししし知ってるよ? あ、あああ当たり前だよよよ?」

「ぎょぎょぎょぎょ御意」


 なんで誰も目を合わせて言ってくれないんだろう。まさかまだ何か悪巧みでも考えているのかな? 少し警戒しておかないといけないね。



 ◇◇◇



 で、彼氏のフリをすると決めた次の休憩時間から毎時間、渡瀬さんは廊下から顔を出して僕を見つめ、藤宮さんはその隣で僕にひたすらメッセージを送り続け、奈央ちゃんは僕のハンカチの匂いを嗅いで顔を蕩けさせていた。

 その結果、僕は和野先生に生徒指導室へと呼ばれる事に。


「うぐっ……ひっく……ひどいよぉ……」


 なんで泣いてるんだろう。しかもガチ泣きだ。


「あんなに先生に優しくしてくれて、刺激的だなんてトキメクような事を言ってくれてたのに他の女の子に手を出してたなんて……。先生には手もナニも出してくれないのに……」

「あぁ、あれは違いますよ。訳あってフリをしてるだけです。僕は彼女達には恋愛感情は一切ありませんから」


 僕が好きなのは彩音さんだけだからね。


「え? ってことはもしかして……」


 さすが先生。教壇から全てを見ているだけあって僕が彩音さんを見ている事に気づいたんだね。それなのに僕にちゅきちゅき言いながら迫ってくるなんてどれだけ年下好きなんだろう。凄いね。肉欲の塊だね。


「はい。そうです。僕が好きなのは一人だけです」

「っ!? ま、待って……いきなりそんな事言われても心の準備が……体の準備はいつでもオーケーなんだけど……」


 ん? なんの話?


「……うん。わかったわ。やっぱりその気持ちにはちゃんと応えないといけないよね。いいよ。来て……」


 そう言いながら人差し指を咥えながらスカートをたくしあげ、パンツを見せてくる和野先生。

 ダメだ。やっぱり全然なにも分かってなかった。和野先生は和野先生だった。


「失礼しました」


 僕は綺麗にお辞儀をして進路指導室から出ていく。ドアを閉めるとその向こうから「……へ? あれぇ?」なんてマヌケが声が聞こえてきたけど、あれぇ? じゃないよね。


 さて、帰ろっと。あ、そういえば明日は三者面談だ。母さんちゃんと知ってるかな?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る