二章 迷い星 ①


僕が住んでいたのは、家を出れば海も山も見える、そんな片田舎。

夜には満天の星空が広がり、天体観測が趣味の僕は、毎夜のように星を見に家を抜け出していた。


それは僕にとってかけがえのない時間だった。

満天の星空を眺めるのが好きだった。


でもそれ以上に、


満天の星空を眺める、君の横顔が好きだった。

夜空のどの星にも負けない、一等星だった。



……でも〝あの時〟から、君は暗く落ち込み、紡がれる声は今にも消えてしまいそうで。

それはまるで、六等星のように。


僕は君を見失ってしまったんだ。

 

 



はじめ、寝るならベッド行きな」


その声で、ぼんやりと目を醒ます。


「おかえり、麗央ねえ。夕飯まだでしょ? 待ってる間にうたた寝しちゃってた」

「そう? んじゃ、さっさとご飯にするかー」


2人で手際よく夕食の準備をする。


「プラネタリウム、どうだった?」

「え?」

「昨日から新人入って、今日会うって」

「……ああ、うん、女子高生だったよ」


高校生で文化総合センターのバイトって珍しいな。

カフェとかコンビニとか、他にもあっただろうに……


「あ、やっぱり星が好きな子なのかな?」

「……どうだろうね」



麗央ねえはいとこのお姉さんで、この春から同じ大学に通うため上京して来た僕に、部屋を貸してくれている。


「一こそどうなの?」

「ん、大学?」

「違う」

「……分かってるよ。目、でしょ?」


僕は右目が見えない。


昔、ちょっと足を滑らせて。

打ちどころが悪かった。

不慮の事故。

 

「目もそうだけど、時々頭痛もあるって叔父さんから聞いたよ。」

「みんな心配し過ぎ。病院の先生に大丈夫って言われたんだから、もう大丈夫だよ」

「ならいいけど……、無理は駄目だからね?」

「研究やレポートを理由に食事抜いたり、睡眠時間削ってる麗央ねえにそっくりそのまま返したいけどね」

「う……」


みんな〝目が見えない〟ことを理由に、特別扱いをしてくる。

父も母も、友だちも、学校の先生も、近所の人だってそうだった。


〝目が見えない〟というだけで、壊れものを扱うように、僕一人でできることまでやってくれて、過剰に気を遣ってくれる。

 

僕は別に平気なのに。

僕は別に普通なのに。

 

何となく息苦しくて、

でもそんな時に声をかけてくれたのが、麗央ねえだった。

 

「あの時、麗央ねえが誘ってくれてよかった」

「突然どうしたの?」

「麗央ねえと一緒ならって、上京許可も貰えたし、何より、普通に接してくれるし。」

「部屋は余ってたし、一のやりたいことも私と同じだったし」

「うん」

「目のことだって、まあ実際片目は見えてるわけだし? 当の本人が気にしてないんだから、周りがあれこれ気にかけ過ぎてもねえ?」


そう言うと、麗央ねえは僕の顔を見て、くしゃっと笑った。





足を滑らせて転んだとき、頭をぶつけちゃったせいか、僕の意識はぼんやりとしていた。


でもね、耳は、耳だけは聞こえていたんだ。


僕のそばで、ずっと泣いている君。

泣きながら「ごめんね」って言う君。


あの声を、今でも憶えてる。

消えちゃいそうな程、か細い声。


大丈夫だよって言いたいのに、口が動かない。

手を握って涙を拭ってあげたいのに、身体が動かない。

側にいるはずの君を見たいのに、


……目が見えない。


唯一使えるのが耳で。

でも君の声は、今にも消えちゃいそうで。

僕は君を見失っちゃいそうで。


あの時の君は、まるで六等星のようだった。

一度見失ったら、もう二度と見つけられない。

 

……そんな気がしたんだ。




♢ ♢ ♢ ♢

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