雨夜の星 ②

今となっては昔の話。


少年と少女がおりました。


そこは、家を出れば海も山も見える、そんな片田舎でした。

夜には満天の星空が広がるそこに住んでいた二人には、〝天体観測〟という、共通の趣味があったのです。

毎夜のように、こっそり家を抜け出し、二人で静かに星を眺める。

二人にとって、それは何にも代え難い、二人だけの秘密の時間でした。

 

しかし、ある夜のことです。


その日は、日中に雨が降ったせいで足元が悪く、少女は足を滑らせてしまいました。

少年は咄嗟に少女を受け止めようとしましたが、バランスを崩し、一緒に転んでします。

 

少女に怪我はありませんでした。


ですが、少年は打ちどころが悪く、視力を失ってしまったのです。

少年は瞳にはもう二度と、あの美しい満天の星空は映らない。

 

 

……これは、誰のせい?

 


 遠くで、私を呼ぶ声がする


 ……あれ?


 私、何をしてたんだっけ?

 

 星を見に行ったの

 

 すごく綺麗で

 

 違う

 

 私のせいで

 

 私の、

 

 私が、

 

 私が、奪った

 



 ――私が!

 

 


「―――ッ!」

 

 起きるとそこは、病院だった。


「ひかり!」


声のする方を見ると、そこには心配そうにこちらを見る純がいた。


「あ、あの、私……」


何で病院にいるの? そう聞く前に、純が答えた。


「プラネタリウムに行こうとして、いきなり倒れたんだよ。」


覚えてない? と私の顔を覗き込んでいる。


プラネタリウム……


そっか、そういうことか。


「本当、びっくりしたんだよ〜!? でも、無事で良かった」


そう言うと、純はくしゃっと笑って見せた。


「ひかりのお父さん、もう少しで来てくれるみたい。あとは……」


どうやら私は、脱水が原因で軽度の熱中症になったらしい。

打ってもらった点滴が無くなる頃にはだいぶ楽になり、仕事を切り上げて、慌てて駆けつけてくれた父に連れられ、私は何とかその日に帰宅した。


幸い明日は土曜日だから、ゆっくりしよう……


 

翌日、純がお見舞いに来てくれた。

仕事が忙しい父と二人暮しということもあり、家では独りのことが多かった。

だから、こうして誰かが傍にいてくれることが嬉しかったし、何だか落ち着いた。


コップを二つと麦茶のボトルを持って、自室に行く。


麦茶を一口飲んでから、純が口を開いた。


「ひかりごめん! 体調悪かったのに気付かなくって、うち無理矢理……」


――ううん、違う


「違うの」


思わず、勢いよく口に出してしまった。


もしかしたら、本当に脱水だったのかもしれない。

でも、きっとそれだけが原因じゃない。



……過去のトラウマだ。



純は、私が倒れた原因は自分にあると思ってる。

それがすごく申し訳なくて、そうじゃないんだよって伝えたくて。


話す?


ちゃんと話して、体調は悪くないんだよ、もう大丈夫だよって伝える?


でも、話して引かれたら? 嫌われたらどうする?


ただでさえ友達が少ないのに、純が私に幻滅して、嫌われちゃったらどうしよう。

友達辞めるって言われたら、私……


「あ、あの……」


グルグルと思考はまとまらず、言葉が上手く出てこない。


「無理に話さなくていいよ、ひかり」


純は静かにそう言った。


「言いづらいことなら、別に言わなくていいよ」


あ、でも言いたくなったら教えてね!

そう付け足していたけど、彼女は私に何も聞かないでくれた。


私は、自然と落ち着きを取り戻していた。

 

「そう言えば、何でプラネタリウムだったの?」


ふと、私は自身の疑問を純に投げかけた。


「それはね~」


フフフ、と言いながら勿体つける純。


「超絶美人な解説員さんがいるから!」

「え?」

「いやね、美人な上に、声もいいの! 何かこう、ロマンチックな気分になるの!」


純はすごく自慢げに、その解説員?さんのことを話し始めた。


「あの、解説員って?」

「解説員って言うのは、プラネタリウムで星座や星についての解説をしてくれる人のことだよ。プラネタリウムによっていたりいなかったりするけど、その解説員さん〝レオさん〟って言ってね、その人の解説がすっごくよくて!」


それから小一時間、純によるレオさんのプレゼンが止まらなかった。

純によれば、麗しい央と書いて〝麗央れおさん〟というらしく、名が体を表している! と言っていた。


どうやら近くの大学の学院生で、星や宇宙のことを研究しているらしく、その活動の一環で解説員もやっているらしい。

私をプラネタリウムに誘ってくれた日は、丁度、麗央さんが解説員として入っている日だったそうだ。


 ……星空の解説、か


「でも、それだけじゃないよ」


麗央さんのプレゼンが一段落ついたところで、純は続けて言った。


「ひかり、星が好きなんだと思って」


 ――星が好きなんだと思って


「え?」


思わず聞き返した私に、


「だって、天体関連の話題に結構詳しかったよね?」


と、純は言った。


「私、ひかりが教えてくれるまで、北極星があるから、南極星もあるんだと思ってたんだよ」

「……私、そんな話したっけ?」

「うん」


うわ、即答!


 

 …………。

 

 ……私は、

 

私は、星空が大好きだった。

 

〝だった〟

 

でもあの日、あの夜から、星空が嫌いになった。

……ううん、苦手、の方が近いかな?

怖くて、たまらない。

 

当たり前のように、毎夜見上げていたのに。

 

星空を見上げなくなってから、どれくらいたっただろう。

 

好きなものを好きでいられなくなるのは、短いと言えど、人生で経験したことのない苦痛だった。

思い出も、人生も、半分以上を持っていかれた気分だった。

 

 

星空は見上げなくなった。

 

プラネタリウムにさえ、拒絶反応を示した。

 

でも、

 

でも、無意識に話してしまうくらいに、

 

「私は、星が好きだったんだ」


 



夏休みに入り、私は純の誘いで、短期のアルバイトをすることにした。


そして今日、私たち二人は、文化総合センターに来ている。


「というか、何でここ?」

「いやさ、短期で数名募集してたから」

「……本当は?」

「麗央様を拝みたいからです」



やっぱりね。


私たちは一緒に応募して、二人とも採用になったけど、純は総合カウンターの受付、私はプラネタリウムの受付に配属された。


「代わってほしい!!!!!!」


と、純にせがまれたけど、代われるものならそうしたい……。

幸い、短期で募集していたのはあくまで受付業務で、中には入らずに済む。

無意識に話をしてしまう程に星が好きだったとしても、やっぱり、トラウマはそう簡単には拭えないから。


前のような〝好き〟には、きっと戻れない。


そんなことを考えながら、私は新人として挨拶をした。


「本日から受付で働く、星野ひかりです。一ヶ月間、よろしくお願いします。」

 

始めの一週間は研修で、本格的に受付業務に入るのは、八月かららしい。

初日の今日は特に覚えることが多く、時間はあっという間に過ぎて、気が付けばもう退勤時間がそこまで迫っていた。


……そういえば、噂の麗央さん、見かけなかったな。


スタッフの名前はプレートにフルネームで記載されているため、チラチラとネームプレートを確認していたが、〝麗央〟という名前の人はいなかった。


「あの、今日麗央さんって…」

「麗央さん? ああ、今日はお休みだよ。論文が〜って言ってたから、忙しいのかも。あ、でも明日は朝から来てくれるみたい!」


明日か……

純の話を聞いてから、ちょっと会ってみたいと思ってたから楽しみだな。




  ♢ ♢ ♢ ♢

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