第9話 MOD

「ボオオオエエエエエエ!」

 でかい、速い、強い。

 ユニゴルネ、一角を持つ巨大すぎる灰色の獣。


 その一撃を、早苗はかろうじて回避していた。

「ミルキさん!!」


 ミルキは弓矢を速射する。

 効かない!

 

 分厚過ぎる装甲に、弾き返される。


「馬鹿兄ちゃん・・・こんなの、銅級勇者の討伐試験のレベルじゃないわよ!」


 ミルキは、その戦歴から一角巨獣ユニゴルネの力を計った。


(・・・恐らく、魔獣レベル40! 通常の奴より動きも速い! 私一人では・・・)


 レベル1の早苗や太郎では、勝負にすらならないだろう。


「ボニータ! あんたも戦えるなら・・・ヘ?」


 脱兎の如く逃げ出しているボニータ。


「三十八計、逃げるに如かずですう。じゃあ、太郎さん。また、ボディタッチしましょうです。じゃあね、太郎さん」


「クソアマあああ!」


 ユニゴルネの恐るべき手が伸びてくる。

 その一撃で、大地は飛散した。


・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・


 蜻蛉サテライトの動きを見るに、これはクロリアの予想を遥かに超える出来事のようだ。

 眼の前でうずくまるレイアーチャーを見下ろす。


「レイアーチャー、お前はどうするんだ? 俺はもう行くぞ・・・それなりに厄介な敵が妹に向かってるようだ」


「フ・・・クフフ。面白いねえ・・・・」

「自分が負けたことが、そんなに面白いか?」

「ああ・・・特に『何をやられて負けたのかもわからない』なんて、ゾクゾクするねえ・・・必ず、キミのレベルまで行きたいと思ったよ。魔獣なんぞより、よほど面白い・・・」

 レイアーチャーは起き上がり、

「しばらく、キミに張り付かせてもらう・・・ミルキ君も美しいが、キミはもっと尾行しがいがありそうだ・・・クフフ、僕が勝手にストーキングするんだから、自由だろう?」

「・・・妙なヤツだな。好きにしろ」

 クロリアは苦笑して歩いていった。


(ユニゴルネの狂暴化・・・裏に何かがある・・・!)


「あ・・・猟団長!」

「ここじゃ、会長だ・・・こりゃどうしたんだ?」

 クロリアはゼブロにそう言った。


 少し離れた丘。

 そこは、ゴブリン聖騎士パラディン巨人鬼オーガそして、討伐隊の入隊試験に出てくる三頭犬ガルムらが闊歩しており、試験希望者は悲鳴を上げている。

 銅級勇者の試験に出てくるようなレベルではなく、みなすでに意気消沈して逃げる気力すら失っているのだ。


「なーんで、こんな辺境の訓練学校で、こんな『ソコソコ手強いの』が出るんだよ?」

 クロリアは言っていた。

「会長にゃそうでしょうが、俺にはかなり手強い、そしてここに集まった奴らにゃ、『触れたらゲームオーバー』ですぜ」

 若い顔立ちのまだ22歳のゼブロはそう言う。

「相変わらず年齢より若く見えるのに、オッサンみてえだなお前は」

「会長に言われたくありやせん!」

「・・・キミらの漫才はいいが、どうするんだね? 一年生をむざむざに見殺しにするか?」

 レイアーチャーは、距離八百メートルからの狙撃で、三頭犬ガルムの頭を射抜いている。


「・・・俺は測っている」

 俺は言った。

「何を?」

 レイアーチャーは冷ややかだ。

「ここに、どれくらい『俺』を残せば処理できるかだ・・・」

「何・・・一体、何を・・・?」

 俺は首を振り、丘の上で

「おい、お前らこりゃ収集がつかねえなああ! まあ、俺の真の実力ならワケはねえけど・・・ちょっと持病の『背中ムズムズ病』が再発しちまってよお! 病院に行ってくるわ! じゃ、お前ら、後はやっとけよ・・・これは会長命令だ!」

と怒鳴った。

 その途端、訓練生から怒号が起きた。

「クソ会長!」

「ああ、せいせいすらああ!! 足手まといのてめえがいなくなってよお!」

「うせろ、いじめっ子!!」

 俺は、

「なんだあ!? 俺に逆らうってことは、試験は全員落第だぞ、落第! 分かってるのか、オウ!?」

と口角を上げる。

「くそったれめ! こんなフザけた試験、いるかよ! てめえの部下のゼブロさんはそこそこ強いけど!」

「なんでゼブロさんはてめえに従ってる!? なんか弱みでも握ってるのか!?」

 戦士の一人が怒鳴っている。 


 しかし、レイアーチャーの目は見逃していなかった。

 いじめっ子クロリアのその『右手』が、こっそりと胴体から離れて、魔獣やモンスターの遥か後方から、時たま光線ライティアを打ち出してゴブリンロードやゴブリンチャンピオンのような大物を仕留めていることに。


「ゼブロ、ここは任せたぞ」

「へい・・・けど、『右手』を残す・・・ってことは妹さんの側はもっとヤバイんですかい? そっちは、『左手』だけで大丈夫ですか・・・?」

 レイアーチャーは思い返していた。

 先刻の戦いからも、恐らくクロリアは”左利き”だ。とはいえ、ここまで体を改造していて、もはや利き腕や利き足などあるのか、と思えるほどだが・・・


「会長さん・・・キミは思っていたより、随分と色んな役回りをやっているね。そして、思っていたよりもバカだったようだ」

 レイアーチャーは言った。

「バカで結構! 金が手に入るならな」

 俺はそう返した。

「さて、レイアーチャー。会長命令だ・・・ゼブロの背中を守れ・・・! 恐らく、お前ら二人でなければ、ここにいる敵には歯が立たない」

 レイアーチャーは優雅に一礼した。

「御意に、我が会長」


 俺は、最後に丘の下に向かって、

「フッハハハハハ! 諸君、まあせいぜい逃げまくるがいい。俺の優秀な部下二人が、ひょっとすれば守ってくれるかもしれないからなあ! では、ごきげんよう!」

 そう言い残して、丘の真下百メートルまで飛び降り、風魔法を駆使しながら時速300キロのスピードで走っていった。

 無論、丘の反対側で逃げ惑う訓練生には、見えない。


「クソッタレ!」

「会長不信任案だ、全員一致だぞお!? お前ら、それまでは死ぬな! 生き延びてあのクソ野郎をクビにしよう!」

「早苗ちゃんは俺のものだあ! それまでは死ぬかああ!!」


 訓練生らの目の色は変わる。

 無謀にも戦おうとするのを止めて、一目散に逃げていくものと、

「せめて、しんがりを務めよう!」と残ろうとするわずか三人。

 さっき、俺が遠間から石ころで助けてやった冒険者3人だ。


 俺は心中で思っていた。

(しんがり、今のお前らで務まるか・・・)

(さっき助けてやった命を捨てるか・・・バカな奴らだ)

 しかし、冒険者たちは明らかに力不足ながらも、ゼブロの背中を守ろうとしているようだ。


「なーかなか、苦労人だねえ、キミの団長さんは」

 レイアーチャーが言う。

「へえ・・・損な性格なんで、損な生き方ばっかりでさ」

「けれど、何故か目が離せない・・・キミもそうだろう?」

 レイアーチャーは優雅に矢で、ゴブリンロードを射抜いた。

「僕も、今はそうさ」

 ゼブロは嬉しそうな笑顔になった。

「・・・けど、そんな強いクロリアが、一目散に向かう反対側・・・そこには何があるんだろうか?」

 ゼブロは、

「俺は、猟団長のあの目・・・あれは三年前はしょっちゅう見てやした・・北方でな」

 北方、というワードにレイアーチャーの目は光る。

闇鬼ダックロスト・・・間違いなく関わっていると思いやすぜ」

「・・・世界がこうなった元凶か・・・僕もまだ見たことはない・・・ところで、ゼブロくん・・・一ついいか?」

「なんでさ?」

「いい加減で、その敬語止めてくれないか? 僕は友達のつもりなのに、いつまでたっても仲良くなれないじゃないか」

 レイアーチャーの意外な言葉に、

「お、おうそうだなあ! レイアーチャー・・・終わったら酒だぜ?」

「いや、それはまだ未成年だからね、ボクは、ガヴァ産の紅茶と決めてるんだ」

「なんだよ、そりゃ。連れねえーなあ」

 ゼブロは笑いながら、丘を猛スピードで降りて行った。

 ゴブリンもゴブリンチャンピオンもオーガも当たるを幸いになぎ倒していく。


 そのゼブロの背中を矢で狙う、ゴブリンをレイアーチャーが正確無比の一撃で仕留める。

 二人の友人になったばかりの男は、なかなかの連携のようだった。

(猟団長・・・いつもあんたのが十倍ヤベエ敵を相手にしてる。今回もそうだろう・・・勝って、みんなで酒ですぜ。レイアーチャーの気取り野郎にも、無理やり飲ませまさあ)

 ゼブロは心中で誓った。


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俺と妹がヒロインイジメを止めないワケ スヒロン @yaheikun333

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