その2
初めの気付きはほんの些細なことだった。
取り溜めていた動画の編集に追われていたときだった。近日中に生放送もするし、その前に出来うる限りの動画投稿の準備をしておこうと思っていたときである。
テロップテキストを作るために、カタカタとキーボードを勢いよく叩いていたときのことだった。
「イタッ」
右肘に少しの痛みが走る。何処かにぶつけたわけじゃない。タイピングだけだから肘なんて動かすことなんてないのに、少し痛かったのだ。
「おっかしいなぁ」
俺は右肘を曲げ伸ばししてみる。曲げるたびにじわじわと痛みが出てくる。
連日の動画編集で体を酷使しすぎたのだろうか? もしかしたら体が凝っているかも知れないな。俺は編集作業を中断して椅子に座ったままゆっくりと伸びをしてみると、体がボキボキと悲鳴をあげる。
ほら、やっぱり凝っているから疲労が蓄積しているんだ。湿布でも貼っていれば治るっしょ。
腱鞘炎が出たときに貰っていた薬用の湿布を右肘にぺたっと貼り付け、その日の編集作業は中断して大人しく寝ることにした。体を休めることも動画製作者にはきっと大事な仕事だからな。
翌朝、湿布を剥がして肘の調子を確かめる。曲げ伸ばしも全く問題なく、痛みもなくなっていた。やっぱり、体を酷使しすぎていたみたいだ。今度からあまり根つめて作業しないようにしようと思ったのだった。
「いったぁ……」
肘の痛みから3日後、今度は左ふくらはぎに痛みが走る。体が凝らないように定期的にストレッチもして、運動不足にならないように毎朝ウォーキングしていた最中のことだった。
別に体に負担をかけるようなことはしているつもりはなかったのだけれども、どうして痛くなったんだ? と俺は頭を捻る。
そういえばテレビの健康番組で言ってたな。水分が不足すると足がつりやすくなるって。もしかしてソレかもしれない。俺は知らず知らずに喉が渇いていたのかもしれないと思った俺は急いでコンビニで水を買ってがぶ飲みをはじめる。数時間してふくらはぎの痛みは無くなったので、やっぱり水分不足だったんだな。
しかし、日を追うごとに色々な箇所に痛みが出始め、その痛みのレベルも軽度のものだったのが、だんだん耐えられるような痛みではなくなってきた辺りから、流石にコレは何かがおかしいと思い始めたのだ。
もしかして痛みは体から発せられるシグナルか何かで俺はとんでもない病気に冒されているのでは? と思うと怖くなって俺は痛みで悶絶しながら体を動かして、なんとか病院へと辿り着いた。
顔面蒼白な俺を見て、受付の人が慌てて飛んで来てくれた。
「大丈夫ですか? 気分がすぐれないんですか?」
「すいません。全身痛くて、歩くのもしんどいんです」
俺の言葉に受付の人は車椅子を出してくれ、そのまま診察室へと連れて行かれた。
「えっと、
「すっごく痛いです」
別に語彙力が無くなったわけじゃない。それしか説明できないくらいに体全体が痛いのだ。
「わたしが触っても痛いですか?」
先生が俺の腕を軽く押す。
「いったぁ!」
俺は病院の中というのにもお構いなしに、走った痛みに素直に大声で反応する。
「ふむ……。もしかしたら疲労骨折とかの可能性もありますね。レントゲンを撮ってみますか」
先生に言われてレントゲン室へと車椅子で連れて行かれる。流石に全身をくまなくレントゲンで撮影するのには時間がかかるし、放射線照射の人体への影響も考慮して、特に痛みが酷い左肩、右足首、首の三つを撮影して貰った。
数十分後、レントゲンの現像が完了し診察室へと再び呼ばれる。先生は大きなパソコンの画面を俺に見せた。
「武井さんの特に痛むところをレントゲン撮影してみたんですけどねぇ……。あんなに痛がっているのに疲労骨折の箇所や骨にヒビがあるような箇所は見つけられませんでした」
「えっ?」
こんなに痛いのに骨折しているところなんてないだって?
「先生? もう一回よく確認してみてください。凄く痛いんですよ」
「おかしいなぁと思って何度も確認してはいるんですけれどもねぇ……やっぱりどこも異常が見られないんですよ。もしかすると、骨ではなく、筋の炎症や肉腫の可能性もあるので、MRIの方も撮ってみますかね」
MRIの検査室へと通され、検査用の台へ痛みと戦いながら乗って寝転がった。狭くて圧迫感のあるトンネルを往復した後、またよたよたと車椅子までの長い道のりを歩いた。
今度こそは何かしら原因が分かるとそう思っていた。でも、
「MRIの結果も全く異常がありませんでした」
先生から言われたのはそんな無常な結果だった。
「本当に何も悪いところなかったんですか?」
「えぇ、武井さんが痛みを申告した箇所は全く異常なかったんですよ。しかも武井さんが毎日運動されていたと伺っていましたが、そのお陰かもしれませんが、武井さんの体内は大変健康そのものなんですよ。とても不思議なお話ですが」
先生いわく、俺の体はむしろめっちゃ健康だというのだ。では、何故こんなに体中が痛いんだ?
「コレはわたしの推測かもしれませんが」
俺がうな垂れていると、先生が口を開く。
「先生! もしかして撮影できない隠れた病気が俺にあったりするんですか?」
「精神的に落ち込んでしまうと、痛くないのに脳が勝手に痛いと認識してしまうことがあるそうです。武井さんはその症例なのかもしれません。しかも、その痛みが次第に連鎖していって負のスパイラルに陥っているというやつなのかも」
つまりは精神的なモノ。明るさが取り得の俺がそんな病気に陥るハズはないと思っていたんだけどな。
でも先生からそういわれるとなんだか納得してしまう。
「その病気は治りますか?」
「気の持ちようが大事だと思うので、ひとまずは痛み止めと気分が晴れやかになれるお薬で様子をみましょう。あと、胃への負担を軽減させるために胃薬も処方しておきます。回復までの道のりは長いと思いますが、頑張りましょう。もし、更に精密な検査がお望みなら、大きな病院への紹介状も書きますので」
先生はあまり落ち込まないでくださいね、と俺を元気付けてくれた。気休めですがと痛み止めの注射も打ってくれ、帰りはそんなに痛みで苦しむことはなく歩いてすんなりと家へと戻ることが出来た。
さて、ここから更に俺と痛みとの戦いが白熱してくるのであった。
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