練習用即興小説#6「桜の木の下」

乙Ⅲ

練習用即興小説#6「桜の木の下」

「えっ……これってまさか……死体……?」


散歩道から少し外れた空き地の草むら、真中には大きな桜の木。

その根元辺りから、指先まで泥と土で薄汚れた一本の腕が生えていた。

手はそこにあった『何か』を力強く掴んでいるように見えた。


「そ、そうだ、警察……!」


俺はその光景に暫く呆然としていたが、自分がやるべきことを

思い出したかのようにポケットからスマートフォンを取り出そうとした。

だが、震えで何度も落としそうになる、タップも覚束ない。


『どうしてこうなった?!』

頭の中が後悔の念で溢れかえりそうになる。


ことの始まりは散歩中に脇の植え込みに引っ掛かっていた

紙切れをなんとなく拾ったことだった。

丁寧に四つ折にされたその中身は何かの隠し場所を示す地図で

それが指していた場所は俺もよく知っている散歩道から少し外れた

大きな桜の木の近く、そこに『つるはし』のようなマークが描かれており

その隣には『何か』を書いて後から修正液で消したような空白があった。

たぶんそこに『何か』を埋めたということなのだろう。

最初は『子供達がタイムカプセルでも埋めたのだろうか?』とも

思ったが筆跡が子供のそれとは違う整ったもので、どうにも奇妙だった。

好奇心を抑えられなかった俺は、今いる場所から近いということもあって

来てみたらこのザマというわけだ。



なんとか警察への通報を終えた時には体中汗まみれになっていた。

直ぐ近くには謎の死体、既に日は沈みかけ、烏が『カー』と家路を急いでいた。

警官達が駆けつけてきた時はまさに地獄に仏。

俺への聴取もそこそこに神妙な顔つきで早速、草むらへと分け入った警官達だったが

そこから戻ってきた時には何故か笑いを堪えるのに必死になっていた。


結論から言うと俺が見つけたのはラブドールだった。

桜の樹の下には死体ではなくラブドールが埋まっていたのだ。


結局その後、ラブドールは掘り起こされ、警察が預かることになった。

後にラブドールに刻印されたIDから持主がわかったそうだ。

警察の話によると、どうやら持主が不在時に盗み出されたもののようで

持主はかなり困惑していたらしい。 

俺が拾ったメモは多分犯人が書いたものなのだろう、大事なメモを

落とすとはなんとも間抜けな奴だ。

そんなこんなで、かなり恥ずかしいので誰にも自慢はできないが

どうやらお手柄だったようだ。




そのなんとも恥ずかしい珍事から一ヶ月ほど経ったある日の昼下がりのこと。

居間でボーッとつまらないワイドショーを観ているとインターホンが鳴った。

どうせセールスか何かだろうとモニタを覗いてみると、その向こう側には

皺一つない綺麗なスーツに身を包んだ老紳士が独り、綺麗な紫色の風呂敷に

包んだ何かを大事そうに抱え立っていた。


「はい、どちらさまでしょうか?」


「突然すみません。私、笹野と申します。 妻がこちらの家の方に

 大変お世話になったようで、そのお礼にと伺いました」


一体どういうことだろう?妻とは誰のことだろうか? そんな話は家族からも

一切聞いていない。まさかとは思うが、あのラブドールのことだろうか?

しかし、警察にはモノがモノだけに俺のことは持ち主に伝えないように

言っておいたはずだ。 まさか、うっかり漏らしてしまったのだろうか?


恐る恐る玄関のドアを開けるとそこには穏やかな笑顔の笹野老人。


「あ、えっと……態々恐れ入ります、奥さんは僕が見つけたのですが

 その……無事で……なによりです。」


「おぉ、妻を見つけてくれたのは貴方でしたか、お会いできてよかった。

 その節は妻が大変お世話になりました。一時はどうなることかと思っていましたが

 警察からの一報で私も胸をなでおろしました、妻も大変感謝しております」


「いえいえ、そんな……」


やはり妻というのはラブドールの事のようだ。俺から見ればただのラブドール

なのだろうが彼にとっては掛け替えのない存在なのだろう、目に浮かんだ涙が

何よりの証拠だ。


「……それでこれはほんのささやかな気持ちの品なのですが、どうぞ皆さんで

 召し上がってください」


笹野老人ががそろそろと風呂敷から取り出したのは高級そうな菓子折りだった。


「どうもご丁寧にありがとうございます……、あの……ここではなんですし

 どうぞ上がっていってください」


俺は菓子折りを受け取ると、恐る恐る彼を家へと招いた。

遠路遥々……かどうかはわからないが、態々お礼にやってきた老人をそのまま

帰すというのも無礼な話だし、正直なところを言えば俺の住所をどうやって

知ったのか気になって仕方ない。


「いえいえ、早く家に帰らないと妻に『絶交よ』なんて怒られてしまいますので

 お気持ちだけ受け取らせていただきます」


作戦失敗、こうなったら単刀直入に聞いてみよう、事と次第によっては

警察へクレームを入れねばならないのだ。


「そうですか……それは残念です。 時に、私のことは警察から聞いたのですか?」


「いえいえ、妻からです」


「え?……それはどういう……」


「妻がね、貴方が警察に伝えた住所をどうやら傍で聞いて覚えていたようで。 

 教えてあげるから早くお礼に行きなさいって私、怒られてしまいました。 

 いい歳をして恥ずかしい限りです」



彼の言葉に一瞬にして背筋が凍りついた。


「それでは、失礼します。 本当にありがとうございました」


何度も振り返っては丁寧なお辞儀し去っていく彼を俺は呆然としながら見送った。

当たらずとも遠からずとはこのことか、俺が発見したのは生き人形だったのだ。


-完-


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