第67話 神の寵児、露と消える。
そしてシルヴィアは死んだ。
いやちがう。
メルドルフにて刑死した。
秋の兆しが木々に見え始めた頃、聖女を装ってメルドルフ領主を殺害しようとした狂女として、領都の外れの刑場にて密やかに処刑された。
もちろん領主である私が命じて、だ。
あの後、領都に戻って数日もたたないうちに、私はシルヴィアの処罰を決めた。
シルヴィアの言う通り、聖女としての力は喪失していた。
ただの一人の若い女性になってしまったのだ。
聖女でなくなってしまえば、聖女として赦されていたものを、償わなければならない。
そう。
シルヴィアの犯した罪は重すぎた。
南領とメルドルフの穢土の被害。そして直接関わってはいないがシルヴィアの所業が
それに比べたら小さなことだけど、私の運命。
これだけのことにシルヴィアは関わっていた。
考慮すればするほど、生きていることが許されない人間だった。社会の害悪という存在があるのならば、彼女がそうだったのだ。
この道しか選択肢は残されていなかった。
(私の手で決着を付けることが出来たのは……よかったわ)
他の誰でもなく、私自身でケリをつけれるとは思いもよらなかったけれど。
私にまとわり付く原作と創造主の束縛を、肉体的にも心理的にも完全に断ち切ることが、これで出来るだろう。
(メルドルフにとっても私にとってもこれが最善だった)
『救国の聖女』の主役である聖女シルヴィアと皇太子ウィルヘルム。
原作では二人は結婚し、ハッピーエンドで幕が下りる。
それが、悪女としての役割を果たすだけだった
なんという皮肉。
そして、とても複雑だ。
中の人々によって物語が大きくかわったのだから。創造主がどれだけ手を尽くしても、キャラクターには意思があり何者にも妨害できなかったのだ。
でもこれからこの世界はどうなるのだろう。
主役がいない物語は、また異なる物語になるだけ、であるのならいいのだけど。
どっちにしろ私はこのままこの
「また厳しいお顔をなさっておられる。コニー様がお気になさることはございません。悪縁が断たれたのですから、お喜びください」とアロイスは丁寧な所作で茶を差し出した。
「今日は東領の茶葉を使いました。アッサリとした風味が高く評価されております。お召し上がりください」
メルドルフに赴任してからアロイスは何故か茶を淹れる事にはまっていた。
色々な茶葉を各地から取り寄せ、忙しい業務の間に淹れるのが日課だ。
最初はひどいものだったが、日に日に上達し、今では皇室の最上級の侍女がいれたものと変わらない程度にまで到達している。
凝り性であることはわかっていたが、アロイスがここまで茶にのめり込むのは想定外だった。下男の情報によれば今では茶器や保管容器にまで拘っているらしい。
「うん。美味しい。いつも以上に美味しく感じるわ」
「さすがはコニー様。感服いたしました。本日は西園の清水を使用してみたのです。領館の井戸の水と清水では味わいが異なります。段違いに味わいが良くなるのですが、
「あ……そうなのね。ほんと穏やかな味わいね」
私は曖昧に微笑んだ。
ほんとのところはイマイチ違いが分からない。思いっきり社交辞令でもあったのだ。
茶をいれるアロイスの嬉々とした姿は、
アロイスは私の空になった碗に再び茶を注ぎ、
「シルヴィアの未来は、聖女であろうがなかろうが、どっちにしろ暗かったのだと思われます」
皇帝が近いうちにシルヴィアを殺めるということは確実だった。
聖女は神の寵児であると同時に、災禍でもあるのだ。
国を保つために、支配者は最大限の配慮をせねばならない。起こることが確定している災禍は事前に取り除くべきだ。
結局、シルヴィアの未来は一つだけだったのだ。
「アロイス、今回の件、皇帝には何と報告を?」
「あぁシルヴィアもどきの事はですね、
「……あなたらしくて安心するわ」
ブレがないアロイスの存在はなんとも
「アロイス、お茶を飲んでいたらお菓子も欲しくなったわ。何かある?」
「そういえば昨日、干しアンズが献上されたと聞きました。手配して参りましょう」
茶を褒められて上機嫌なアロイスは、軽やかな足取りで侍女を呼びに出た。
今回の始末で、私には他人の命を奪う力があるということを痛感することになった。
将来、領主として臣下や領民を裁く時がくるだろう。
民を裁くことはシルヴィアを裁くのとは重みが違う。私が全てを受け止め民を支え柱とならねば……。
私は茶碗を両手で包み込み、大きなため息をついた。
(この痛みと苦しみを忘れないでいよう。胸を張っていつかこの日々を誇れるように)
メルドルフに下向して二度目の冬が来る。
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