第56話 暗躍と救済。
アロイスがこの反乱に関わっている?
アロイスは今、西の果てメルドルフの領都にいる。一年も前から。時折、近郊に視察に行く事はあったが基本的に領主館の行政棟から動いていない。
「メルドルフと南領ではとても遠いですし、何かできる距離ではありませんわ。それにアロイスはメルドルフ行政で手一杯のはずです」
メルドルフの行政の立て直しに復興。帝国との折衝。やるべき事は山積みだ。
今は私の留守役も任せているし、他所に何かする余裕がどこにあるのだろう。
「……べルルを常人と考えてはいけない。コンスタンツェ。あいつは怪傑だ」
優秀だとは思っていたけれど。
ハイデランド侯爵のお父様がそこまで言うほどの人物だったなんて。
たしかにメルドルフの全ての業務を取り仕切ってはいるが(それも見事に!)……。
「若いがな、異様に目鼻が効く。今回の件も
「アロイスが何を?」
辺境のメルドルフから遠隔地への干渉なんて何ができると言うのか。
(ううん、違うわ。アロイスだからこそ不可能ではないのかもしれない)
アロイスはどんな困難でも——帝国との折衝にしても海千山千の官僚を手玉にとっていたのだ——平然と当たり前の事のようにやり遂げてしまう。可能性は十分ある。
「お前はささいな事と思うだろうが、正誤つけがたい微妙な情報をな、耳触りの良い言葉で自分の飼っている者を使って流させたのだ。ごくごく自然に」
お父様は執務机の引き出しから一束の書類を取り出した。二、三ページをめくり、私に渡す。
それはハイデランド家の
アロイス支配下の者が行商人に偽装し、居酒屋での客や露天商との世間話として、まことしやかに語っていたのだという。
『皇帝は聖女様とウィルヘルム皇子の豪遊費用の補填の為に増税をする』のだと。
「そんな根も葉もないことを民は信じて、この度の蜂起につながったと?」
「民衆は容易に流れるものだ。
わずか一滴の雫でもいずれ大河になるようにな、と言いお父様は寝椅子に横になり目を閉じる。
(そうだわ。メルドルフを発つ前に言っていたじゃない)
『蒔いた種が芽吹く頃だ』
私が知らぬうちに種は撒かれていたのだ。納得がいく。
「南領は直轄領ではあるが近年は不作が続いておってな。経済状況が停滞気味であったところに穢土の汚染と聖女禍。民衆の不満が高まっていたという前提はあったのだが、アロイスは上手くやりおったわ。これでしばらくはメルドルフは安泰だ」
南領の乱に対応せねばならない帝国と皇帝の目から、メルドルフはしばらくの間、逃れる事ができる。
再び注目される頃までには体制を整え、迎え撃てるだろう。
自領を守る為に、他領を
(なんて非情で恐ろしい……)
でもこれがメルドルフが生き残るための道なのだ。
「……皇帝陛下はご存知ですか?」
「いや、ハイデランドのみが把握している。帝国の諜報部は三流だからな。たどり着くことは出来まいて」
よかった。
アロイスの所業が表沙汰になることは避けたい。
領に咎がくることもだが、それよりもアロイスを失うことは未来を失うことと同意義だ。
メルドルフにも私にもアロイスが必要だ。
「それともう一つ吉報がある。聖女様の処遇も決定した」
シルヴィアの……?
まさか……。
「宮殿を出て神殿付属の女子修道院にてお過ごしいただくこととなった。心安らかに祈りを捧げる事ができるように、と。まぁハラルド殿下がご出征なさると監視がいなくなるからな、あれを止めることのできる者がいなくなるのだ」
「あぁ、それは英断でございますね」
シルヴィアの悪癖。
異様なまでの異性との性行為への依存。
おそらく原作の強制力とシルヴィア本人の資質によるものだ。
聖女として能力は抜群なのだが、異性に対する奔放ぶりは目にあまる。
「持って生まれたものだろうが、あの淫行癖はな……。もともと美しい方だから男は皆、惹かれてしまうものだが、中には限度を超えて腑抜けにされてしまう者までおってな。ウィルヘルム殿下のように。が、例外的に興味を示さぬ者もおる。それがハラルド殿下だ」
効果が人によって違う、ということか。
そういえばアロイスは平常であったけれど、イザークは魅了されていた。
同じ兄弟でもウィルヘルムは完落ちで、ハラルドは無効。
違いは何だ。
(イザークは原作でシルヴィアの恋の相手として登場していたわ)
『救国の聖女』の男主人公はウィルヘルムであったし、助演クラスの逆ハーレムメンバーたちも名前がでてきていた。
原作に登場するか否か、なのか?
アロイスやハラルドは影も形もなかった。
ゆえに無効なのか?
(エキストラであっても、メインメンバーであっても、切っ掛けさえあればシルヴィアの呪縛から解き放たれる事はできるはず)
一度は魅了されてしまったイザークや逆ハーレムメンバーのローマンも正常に戻った。
(切っ掛けは何?)
イザークはイザーク自身の私への想いと私が意思をもって直接触れたことだった。
ではローマンは?
ローマンは何を理由にして自由になったのだ?
(本当に魅了から解放されているの?)
唇を閉じ唾を飲みこんだ。
これはまずいかもしれない。
私はお父様に暇乞いをし、執務室を飛び出した。
イザークが慌てて追ってくる。
「コニー様!」
「イザーク、メルドルフに戻るわ。今すぐに。アロイスが危ない!」
どうか間に合いますように。
生きていて、アロイス。
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