第51話 真実はどこにある。
ハラルドと皇室の侍従に導かれ、私とイザークは舞踏会場を出、宮殿の回廊を進む。
祝賀の舞踏会の行われている大広間から少しばかり離れた皇帝専用宮で謁見が行われるという。
ウィルヘルムの婚約者時代、皇太子妃宮に住まい公務を行っていたが、皇帝の居住区に立ち入ることは殆ど許されなかった。
数ヶ月に一度、皇帝からお召があったときだけだ。
今回久しぶりの来訪が、皇帝に糾弾される為なのは正直堪える。
けれど、イザークが隣にいてくれるだけで大丈夫だと思えるのは不思議だ。
どんなことも彼と一緒ならきっと乗り越えることができる気がする。
(さすが皇帝のお住まいね。格が違うわ)
私は道すがら見苦しくない程度に周りを観察した。
帝国の粋をあつめたこの皇帝専用宮は瓦の一枚に至るまで最高級の品で設えられ、全てが芸術品のようだ。
貴族であり富豪でもあるハイデランドの家で育った私から見ても素晴らしいものだった。
(こうして権威は作られる、ということね)
そう。
こうした設備の全ては演出なのだ。
客人をわざわざ離れた場に導くのは意図があってのこと。
あえて皇帝との謁見までに長い道のりを作ることで、帝国の権威を知らしめ客人の心を折るためだ。
メルドルフのように最低限しか持てない暮らしをしていると、一宮殿でさえもこの桁違いに豪華な造りができる帝国の力に圧倒され、萎縮してしまうだろう。
外交上、上手に立てるのは重要だ。
あえて私をそんな場に呼びつけるのだ。
(そうまでして私を平伏させたいのかしら)
私は意外と落ち着いていた。
大胆にもイザークとアロイス、二人がいれば、この帝国の皇帝にさえも抗ずることが出来ると思えてしまうほどに。
「大袈裟な舞台装置でうんざりする。全く効率とはかけ離れた造りだ。僕は気に入らないんだがね」
私の不快な表情に気づいたハラルドは苦笑いした。
「僕は軍人として生きてきたからね。シンプルな暮らしがどんなに快適か知っている。こういう虚実入り混じった生活が嫌で宮殿から逃げ出したのに、また戻ってくるとは思わなかった。実の兄があれほど無能で堕落してしまうとは、全く想定外だったよ」
「左様でございますか。ウィルヘルム閣下にとって聖女様の影響が如何に大きかったかということでしょう」
ここは『救国の聖女』の世界だ。
ウィルヘルムはシルヴィアの恋人になるように定められ、私は捨てられるのは既定だった。
(でもおかげで原作と離れてイザークと結婚することができたわ)
そこは感謝しかない。
「聖女か……」
ハラルドはふと足を止め、振り返った。
「ねぇコンスタンツェ殿、
「え?」
「宮に戻ってからつれづれ思うんだ。もともと愚兄が堕落しなければ、こんな面倒なことに煩わされることもなかった。僕は皇太子に就くこともなく、一軍人として生きることができていたんだ、ってね。となれば、全ての源は何かと考えたら……」
ハラルドは淡々と、私たちの存在を無視して続けた。
「それは聖女だ。なぜ聖女がこの世に在るのかって考えてみたけれど、…僕には聖女の必要性がわからなかった。聖女なんてこの世に無くても構わない存在じゃないか? 幾度となく戦場を経験したイザーク卿は僕の言っていることがわかるだろう?」
「……はい。戦場では勝ちも負けもすべて理由があってのことです。けれども私も聖女様には存在する理由がみつけられません」
私は戸惑いがちに、イザークを見上げる。イザークは私の額にかかる髪を愛おしそうにかき揚げた。
「聖女がいなければ、この大地を穢す災禍は起こらないのではないかということです。コニー様」
アロイスも言っていた。
災厄あるところに聖女あり、聖女あるところに災厄あり、と。
鶏が先か卵が先かという問答になってしまうが……。
聖女が存在しない方が世界は平和だとハラルドもイザークも考えているというのか?
(まさか、そんなことが……)
そうすると物語の根本を否定することになる。
「さぁコンスタンツェ殿、イザーク卿。雑談はここまでにしようか。陛下がお待ちだ」
皇帝の紋章が彫られた樫の扉の前に来ていた。
いつの間にか謁見の場についていたようだ。
私は聖女の意義を考えるのは止め、
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