第27話 時には酔う事も重要。
イザークを見送り、急きたてられるように私は夜具に潜り込んだ。
なんということをしてしまったのだろう。
私は大切な臣下のイザークを差し出したのだ。
領主として他に手はなかったのか。
後悔が後から後からわいてくる。
罪悪感に攻め立てられ、目はさえるばかりだ。
もう眠ることなど出来そうにない。
(すこし……外の空気にあたってこよう)
宵の番の侍女と衛兵に告げ天幕をでた。
春とはいえまだまだ冬の気配の残る土地。
身を切るほどの寒さに、夜具で温まった体は一瞬にして冷え切ってしまった。
私は夜空を見上げる。
星空のなかに満月が浮かんでいた。
凍った大地に降り注がれる月の光はここが汚染された地であるとは思えないほどに美しかった。
(この大地を取り戻さなくては、領主としての務めね)
だから間違った選択をしてはいけないのだ。
決して。
夜風に当たるだけのつもりだったのに、ますます頭が冴えてきた。睡眠をとることは諦めた方が良さそうだ。
天幕に戻ったとしても眠れやしない。
仕方がないので野営地のなかをそぞろ歩くことにした。
夜も半ばを過ぎ、野営地は静まり返っている。
時おり通り過ぎる歩哨の足音だけが響く。
私はいくつかの天幕の間をすり抜け、ふと足を止めた。兵舎の柱の影からうめき声がする。
(この声って)
どこかで聞き覚えのある声だった。
もそりと大きな影が身じろぎをする。
「イザーク!」
数時間前に聖女の下に送り出した
私は駆け寄り大きな体を抱え起こした。
「こんなところで何をしているの? 凍え死んでしまうわ」
イザークからはむせ返るほどの酒のにおいがする。
「イザーク? 大丈夫なの?」
「あぁ……」
ようやくイザークは顔を上げた。
私だと認識したのか、嬉しくてたまらないといったような笑顔を浮かべる。
「コニー様、あなたこそこんな夜更けに何しているんです? まだ夜は寒いというのに……。体が冷えて風邪でもひいたら大変だ。これを着てください」
イザークは自らの外套の留め金を外し、私にかけようとした。
こんな真夜中に外套なしだなんて、鍛えている騎士とはいえ自殺行為だ。
私は必死に断り、酔っ払いが外せぬようにしっかりと留め金をとめた。
(ずいぶん酔っているわね……。珍しい)
どんな盛大な酒の席でも酔うことはないイザークのこんな姿は始めてだ。
取り乱しはしていないが、いつもよりもずいぶん砕けた口調。普段では絶対にありえない。ということは泥酔しているのは間違いないらしい。
私はそっとイザークの頬を撫でる。
「イザーク、ごめんなさい。本当にごめんなさいね。無理をさせてしまったわ」
「あー、いいえ?」
イザークは私の手を優しく掴み、
「ただすこし飲みすぎただけです。これだけ飲んだのは久しぶりで、二年ぶり? いやグロヴェンの戦役以来かもしれない。大丈夫ですよ、
「そんなことないでしょう。すごく酔っているように見えるわ。……ねぇ、どうしてこんなことに? 殿下に無理強いされたの?」
「無理強いというか、ええ、そうかもしれませんね」
とイザークは苦笑する。
「……皇太子から聖女を抱けといわれました」
やはり、そうか。
胸がギリギリと音を上げる。
「でも断りました。コニー様の苦渋の決断であったのに、意に沿えずすみません」
「いいのよ。気にしないで」
正直イザークがシルヴィアと関係を持つことがなかったことにほっとしていた。
領主としても、コンスタンツェ自身としても。
「シルヴィアと関係を持たないというのならば、かわりに飲めと殿下に強要されたのでしょうね。あなたが潰れるほどに。ねぇ、イザーク。何があったか教えてくれる?」
護衛騎士は顔を背け、深いため息をつき「……これをコニー様にお伝えするのは躊躇するところですが」と前置いて淡々と語り始めた。
イザークが聖女の天幕の中で見た光景は、想像をはるかに超えた淫らなものであった。
強い酒と媚薬の香りが充満する中で、皇太子と逆ハーレムメンバーそしてシルヴィアが目も当てられぬ姿で睦みあっていたのだ。
あられもない姿のシルヴィアがイザークにもそれに加われと命じたのだという。
自分を愛するように、と。
「たとえ救世主であられる聖女様であろうと、皇太子殿下の命であろうと、俺には受け入れることは出来なかった」
イザークは嫌悪を隠さずに、
「そもそも俺にはあいつらの博愛主義は理解できない。獣の所業だ。虫唾が走る」
と言い捨てた。
「今回は殿下をかばい立てできないわ。その通りね」
「それに、コニー様。あなたにも聞きたいことがあるんですよ」
「え?」
「最近のあなたはいつもおびえている。いったい何を恐れているのですか?」
(まさか気付いていたの?)
イザークは私に顔を寄せ、まっすぐに瞳を見つめる。
「あなたをそこまで追い詰めているものは何なのですか? 俺は悔しいのです。あなたを苦しめる何かを征する事ができないでいる自分が。何をもからも守るのが俺の役目だというのに、あなたはずっと辛そうだ」
「イザーク、私は……」
これはもう言うしかない。私は唇をかみ締めた。
「あなたが去っていくのではないかと、シルヴィアに奪われてしまうのではないかと不安だったの。あなたはシルヴィアを愛する運命にあると決められていたから」
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