婚約を破棄された悪役令嬢は荒野に生きる。

吉井あん

第1章 悪役令嬢は荒野に生きる。

第1話 婚約を破棄されちゃいました。

 悪役令嬢。


 というよく分からない単語が脳裏に浮かんだのは、婚約者である皇太子ウィルヘルムから署名するように高慢に婚約破棄同意書が差し出された、まさにその時だった。



「こ……婚約破棄でございますか?」



 私は差し出された書類を震える手で受け取った。

 最愛の王子の口から出た言葉、そして突如湧き出た(としか表現できない)訳の分からない単語に混乱してしまい、声は酷くかすれてしまっている。



「ああ、そうだ。コニー」



 輝かんばかりの金髪と澄み渡った空のような瞳のウィルヘルムは、残酷なことを口にしているのにもかかわらず、悔しいほど美しい。

 ウィルヘルムは横柄に足を組み換えながら私に冷酷な眼差しを向けた。



「いいや、ハイデランド侯爵令嬢コンスタンツェ・フォン・ラッファー。あなたとの婚約を破棄することが決定した」


「婚約破棄? 私は誠心誠意、殿下にお仕えしてまいりました。破棄に値するとがには心当たりがございません。……どうか理由をお聞かせくださいませ」



 貴族としては上位のクラスである侯爵家に生まれた私は、王族や他国へ嫁ぐことを前提とした教育を受け育てられた。

 

 だから資質は十二分にあるはずだ。

 妻として、淑女として、母として。


 ――そして未来の皇后として。


 私以外に相応しい者などどこにもいないと思うほどに。


 もしかして見た目がよろしくないということなのか?

 そんなはずはない。父も母も整った容姿をしているし、私も絶世の美女ではないが、人並み以上であると自認している。


 ウィルヘルムの好みではないのか?


 これも否であるはずだ。

「婚約者だから一緒に閨を共にするのもおかしくない」とかなんとか理由をつけて、すでに夫婦と変わらない生活をしているではないか。

 しかも二年も。

 目にもしたくないほどの醜女であれば、無理を言って純潔を奪うはずも無い。


 ウィルヘルムは深く息を吐いた。



「あなたは皇太子妃、次期皇后として相応しくないと考えたからだ。未婚であるのに堂々と貞操を……あぁ失礼。とにかくこの書類に署名し、皇太子妃宮を引き払って欲しい」


「殿下。私の貞操云々をおっしゃられるのは間違っております。元はといえばあなた様が強くお望みになられたことではありませんか。それをお責めになられるなんて」


「私に望まれたからといって、そう易々と股を開くのか? コンスタンツェ」


「皇太子の望みを断れる者がどこにいましょうか!」


 

 私は思わず声を張り上げた。



 「それにあなただったからよ、ウィル! あなたが望んだから、私は親の反対を振り切って移ってきたのよ!」


 

 この国の次期皇帝の望み、そして婚約者の望みを断れるはずなど無い。

 見とれるほどの甘い笑顔で皇宮へ上がってくれといわれて、私はどれだけ幸せだったことか。

 だって、私は……。



(愛しているんだもの)



 初めて出会った時から、あなたのことを。



「コニー」


 ウィルヘルムは片手で制止のポーズをとり、


「いいかげんにしてくれ。女のヒステリーは好きではない」


「納得がいきません。真の理由をお教えくださいませ」


 

 ウィルヘルムの表情は固く、一瞬の緩みもなかった。

 ということは、婚約破棄は決定であり、反論の余地もないということのようだ。



「いいだろう、公私共に皇太子妃と同等の働きを二年間果たしたのだ。知る権利はあるだろう」



 ウィルヘルムは侍従や護衛を全員下がらせて、私と向かい合わせに座る。



「他に愛する者ができたのだ。お前以上にな」


 な ん で す と?

 あれ? 浮気してたんですか?

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