第29話 これがわたしの返事です/71

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「ニコさん、ありがとうございます!」

「お礼は後回しにして! 今はこの状況をなんとかしないと」


 まるで鳥のような身軽さで屋根の上から中庭へと降り立って、ニコは長く伸ばした魔刃を振るった。ぐるりと円を描くように周囲を切り裂く斬撃に、使用人に扮した刺客たちが薙ぎ倒される。


「雑魚がどれほど増えようが無駄なことです!」


 クナールが吠え、その刃から立て続けに炎が吐き出された。


「うわっ! ちょっと、あれ、どうにかしてよ!」


 ニコは叫びながらも的確にそれを撃ち落とす。炎刃から生み出される炎はなにかに触れると爆発し、火炎と衝撃を周囲に撒き散らす。しかしその威力は直撃さえしなければかなり減じられるようだった。


 クナールが昨夜あっさりと撤退したのは、狭い場所であの魔刃を使えば自分も爆発に巻き込まれる可能性があるからだろう。広いこの中庭なら、存分にその力をふるえるという訳だ。


「ニコさん、あの炎を手元にある時に破壊できませんか?」

「無茶言わないで!?」


 ダメ元でニコに頼んでみたが、こちらに飛んでくる炎を打ち払うので精一杯のようで、あっさりと否定される。そうでなくとも、素早く動いて位置を変えながら炎を放ってくるクナールの、手元にあるほんの一瞬を狙うというのは至難の業だろう。


 更に悪いことに、爆発が巻き上げる煙と砂埃が周囲に立ち込め、クナールの姿さえ見えにくくなっている。せめてその方向だけでも捉えなければ、とリィンは目を閉じ『図化』の魔術で周囲の景色を脳裏に投影した。


「ソルラクさん、左から来ます!」


 途端、こちらへと迫るクナールの姿を探知して、リィンはそう叫んだ。爆煙を隠れ蓑に近づいてきていたクナールが振り下ろす刃を、ソルラクのカレドヴールフが受け止める。


 そして、ガッチリと噛み合う刃と刃に、リィンは驚愕した。


「そんな……折れない!?」


 高速で回転するカレドヴールフをまともに受け止めれば、魔刃であっても折れることはかつて戦った砂刃ベガルタで証明済みだ。ニコのドゥリンダナが折れなかったのは、正面から受け止めるのではなく軽い刃で弾かれるようにしたからに過ぎない。


「無駄ですよ」


 笑みを浮かべ、クナールはその刃から更に炎を迸らせる。脳裏に映し出される影を拡大して、リィンは気づいた。


「ラヴァティンの刃は炎そのもの。形なき炎を壊せるものなど、この世には存在しません!」


 カレドヴールフは、確かに炎刃ラヴァティンの刀身を砕き抉ってはいるのだ。だがそれと同時に、次々と噴き出す炎が刃を成してその形を維持している。炎刃ラヴァティンは、その名前の通り刃そのものが炎で出来ているのだ。


「喰らえっ!」


 ニコがドゥリンダナを振るうとクナールはするりと身を引き、同時に炎を放ってくる。


「わ、と……っ!」


 それを、ニコが慌てて撃墜した。


 遠距離からは炎の弾が、近距離からは炎の刃が繰り出され、それぞれドゥリンダナとカレドヴールフで防ぐことが出来るが、その両方を防ぐことはソルラクとニコのどちらにも出来ない。その上クナールは爆煙で巧妙に身を隠し、波状攻撃を仕掛けてくる。


 その結果二人とも攻勢に出ることが出来ず、防戦一方となっていた。


「っニコさん、上です!」

「上!? うわっとぉっ!」


 高く、弧を描くような軌道で投げ放たれ落下してくる炎を、ニコがすんでのところで切り裂く。爆音とともに熱と衝撃とが襲い、リィンは思わず地面に手をついた。


「ニコさん、右から来ます!」


 だが地に伏しながらも、リィンは叫ぶ。


 今までクナールは、炎を放った直後には直接切りかかってきていた。爆炎は彼の姿を隠すが、同時にリィンたちの姿も隠す。彼の狙いはリィンの身柄だ。万一の誤射を恐れてのものなのだろうとリィンは思っていた。


「えっ、僕!?」


 だがそのパターンに慣れてきていたニコは反応が遅れ、殆ど直撃に近い形で煙の中から飛んできた炎を食らって吹き飛ばされる。


「さて、これで……」


 煙が晴れ、クナールはまっすぐにリィンを剣の切っ先で指し示しながら言った。


「私の炎弾を防ぐ手段は無くなったというわけですね」


 それはつまり、彼もまた何らかの手段で煙を見通す方法を持っていたという事を示していた。炎弾と斬撃を交互に繰り返していたのは、油断を誘うためだ。


「動かないでくださいね。さあ、お姫様を殺されたくなければ、その掘削機ドリルみたいな品のない魔刃を捨てなさい」


 冷笑と共に告げるクナールに、ソルラクはカレドヴールフを下に向けそのまま地面に突き込む。回転する刃は大地を穿ち、鍔まで埋まってしまった。


「ソルラクさん……」


 ソルラクが、ちらりとリィンに視線を向ける。

 リィンは小さく頷くと、彼をかばうように手を広げて立った。


「わかりました。あなたに大人しく従います。だから、ソルラクさんには酷いことをしないで下さい」


 そう言えば前もこんな事を言ったことがあったな、とリィンは思う。


「いい心がけです。私達が欲しいのはリィン様、あなただけですからね。邪魔をしないというのなら、そちらの旅刃士は見逃して差し上げますよ」


 思えば──自分はあの時からもう既に、ソルラクに惹かれ始めていたのかも知れない。


「……一つだけ、お聞きしていいですか?」


 ゆっくりとクナールに歩み寄りながら、リィンは問う。


「何ですか? ああ、あなたのお父上が無事というのは本当ですよ。まあ、牢獄に放り込まれてるのを無事というのなら、ですがね」


 それは素直に嬉しい情報だった。この状況でわざわざそんな嘘をつきはしないだろう。だが、リィンの聞きたいこととは別だ。


「その魔刃……凄まじい威力ですね」

「そうでしょう? この炎刃ラヴァティンに勝てる魔刃など、あの方のゴングナーくらいのものですから」


 気を良くしたのか、得意げな表情で語るクナール。


「ではその魔刃で、月は落とせますか?」

「……は?」


 しかしその表情は、怪訝そうに歪んだ。


「空の、月です。夜に浮かぶあの月を、その剣で破壊できますか?」

「そんなこと、出来るわけがないでしょう。何を馬鹿なことを。気が触れてしまったのですか?」


 頭上を指差すリィンに、クナールは眉をひそめる。


「では」


 リィンはくすりと笑って、答えた。


「わたしの太陽の方が、きっと強いですね」


 たとえ太陽が月に追いつこうとも、お前を守る。ソルラクは、そう言ってくれた。太陽が月に追いつく日はけして来ない。だからその言い回しは、何があろうと絶対に、という意味合いを持つ。


 ──ならば。


「月が太陽に追いつく日まで、わたしはあなたを信じています……ソルラクさん」


 それは、永遠を意味する言い回し。

 そう呟くリィンの背後で、ソルラクが地面に突き刺した魔刃を引き抜いた。


「動くなって言ったはずで……」


 クナールの視線がソルラクに向けられ、そして、それが上に上がっていく。


「なん、ですか……それは……」

「お前はこれを掘削機ドリルと言ったな。だが、違う」


 ソルラクが掲げる魔刃は、先程までとは全く異なる姿に変貌していた。


「無刃カレドヴールフは、混合機ミキサーだ」


 大量の砂をその刀身にまとい、巨大な柱か大木のように長く太く天に向かって伸びている。


混合刃ミックス、砂。ベガヴールフ」

「ちょ……待って下さい!」


 慌てたクナールが炎を放ち、砂の柱を爆破する。柱は容易く砕けるが、その大量の砂が消えてなくなるわけではない。リィンの身体がドゥリンダナに引っ張られ、その軌道上から退けられる。


「炎は壊せないかも知れないが……お前自身はどうだ?」

「やめなさい! 待って……待て、来るな! やめろ! 私の負──」


 そして轟音とともに大量の砂の塊が、クナールの上に降り注いだ。

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