人生最高のシュートをもう一度

たげん

最高のシュート

第4クォーターラスト10秒。点差は2点。ここで決めれば同点。みんな息を切らして、死ぬきで走って、とっくに限界を迎えてる。3年まで人数が足りなかった俺らにとって、最初で最後の試合。負ければ、引退。将来プロになる訳でもない俺にとって、人生最後のバスケ。

 周囲の雑音も、歓声も、一切耳に入らない。周りの景色はスローモーションで、自分が驚くほど冷静である事に気づく。流れるようにボールを構え、足のバネと腕のしなやかさで、ボールを打ち出す。ボールは手から離れ、山なりの緩やかな軌道を描いてリングへと吸い込まれていく。

 パシュっと、ボールがネットと擦れて心地の良い音が響いた。

 これが、俺の人生で最高のシュート。

 そして、最後のシュートだった。

試合の結果は20点差の惨敗。第4クォーターで全てを使い切った俺らには、延長戦を戦う体力は残っていなかった。

初めは試合に出れるだけで嬉しかった。

3年間人数が足りなくて、試合に出られなくて、やっと、やっと最後の夏に出られて本当に嬉しかった。

だけど、

負けることがこんなに苦しくて、辛い事だと思わなかった。

やっと試合できたのに、みんなでバスケできたのに、

もっとやりたかったな。

後悔は一切無いと思ってたけど、やっぱり勝ちたかった。勝ってまた、バスケして…。

拭っても拭っても涙が止まらない。

「みんな……ありがとう。こんな俺を試合に、出させてくれて……本当に……ありがとう。でも、もっと、もっとみんなとバスケしたかった……」

しかし、顔をあげると、泣いていたのは俺だけだった。

当然だ、人数合わせで集められたやつと、一年で入ったばっかの初心者で、熱くなってたのは俺だけ、そう俺だけだったのだ。


「あー、クソ暑い!」

 そう言って地面に転がる空き缶を、思い切り蹴飛ばすのは草壁 龍(くさかべ りゅう)。身長190センチで肩幅も広い。目つきが悪く、髪型は時代錯誤のリーゼント。髪色は真っ赤に染めていて、まるで有名バスケ漫画の主人公だ。大学一年生の龍は入学して4ヶ月経っていたが、見た目の事もあり友達は1人もいなかった。

 今日は大学裏にあるコンビニに近道するため、学内を通っていた。

 そんな時、後ろから声をかけられた。

「ねぇ君! バスケ好き?」

「あ?」

 振り向くとそこにいたのは、天真爛漫な笑顔の青年。黒髪のセンターパートで、色白。身長は龍より頭一個分小さかった。

「やっぱりバスケ好きだよね? じゃなきゃ、桜木花道みたいな格好しないでしょ! ね? そうだよね?」

「別に」

 青年の強い推しに、少し引く龍。しかし、スラムダンクを意識していたのは本当なので少し照れ臭くなる。

「僕は水野 虎(みずの とら)! 今日サークルの練習試合なんだけど人数足りなくなっちゃってさ、今日だけでいいから試合に出てもらえないかな?」

 龍は突然のバスケの誘いに驚き、咄嗟に嘘をついてしまう。

「俺、バスケやった事ないから」

 無愛想に言う龍に対し、虎は元気いっぱいに答える。

「大丈夫だよ! 他の人たちも半分は初心者だから! 君は身長高いし素質あるよ!」

──もうバスケはやらねぇ。

「今日は、用事が……」

 やんわりと断ろうとする龍だったが、言い終わる前に虎が反応する。

「ありがとう! 助かったよ!」

 ──は? こいつ話聞いてんのか?

「お前話聞いてたか? 用事があるんだって」

「だからこそありがとうだよ! 用事を放ってまで来てくれるんだろ?」

 ──こいつ、断れることを想定に入れてねぇ。完全にイカれてやがる。

 屈託のない笑顔で答える虎に正気を疑った。そして龍は少し苛立った。

「悪いが無理だ。大事な用事だから」

 そのまま去ろうと歩き出す龍。

「待って! それを早く言ってよ! ぜひ僕に手伝わせて!」

「いやいや、お前バスケの試合はどうすんだよ」

 虎の奇行にもはや呆れ返る龍。

「君が来なかったら、結局人数足りなくて出来ないし! だから君の大切な用事を手伝う!」

 ─何だこいつ。頭がおかしいのか、良い奴なのか分からな、くないか。頭おかしい奴だな。うん。

 ペースを乱され、完全に調子を狂わされた龍は全て面倒くさくなった。

「あー、もう、行けばいいんだろ。行けば。練習試合出てやるよ」

「大事な用事は良いのかい? 遠慮しなくて良いんだよ!」

 そう言って龍の背中をバンバン叩く虎に、龍は思い切りツッコんだ。

「お前は少し遠慮しろ!」

 

大学の体育館。そこには対戦相手のチームが待ちくたびれていた。審判や、オフィシャルもいる。ちゃんとした練習試合のようだった。

「遅くなりすみません! すぐに試合を始めます!」

 虎はそう言うと、端に集まっていた人をコートの中心に集めて、整列した。

「よろしくお願いします!」

並んで礼をすると、ジャンプボールですぐに試合が始まった。

相手チームは全員経験者といった感じで、ドリブルやパス回しが早い。しかし、虎たちのチームはドリブルもままならない初心者ばかりだった。

適当に流して終わらせようと思っていた龍は、ドリブルやシュートはせずにパスばかりを出していた。

そんな中、虎にパスをもらってしまう。

「次は龍! シュート打って見てよ!」

 ──あー、ウゼェ。でも、流石に打たないと怪しまれるか。

龍はわざと下手くそなシュートを打った。もちろん入るはずもなく、相手ボールになってしまう。

「どんまい! どんまい! 最初はみんな入らないから! むしろ君はセンスあるよ!」

虎は他の初心者の時と同じように声かけをする。

──こいつ、ほんとに俺のこと初心者だと思ってんのか。まぁ、その方が都合がいいか。早く終わらせて帰りてぇ。

 そうこうするうちに第4クォーターに入った。点差は30点。もう勝つことは不可能。初心者たちも疲れて動きがさらに悪い。しかし、1人だけ変わらずに動き続ける奴がいる。それはやはり虎だった。

──しかし、あの虎って奴うまいな。特にスピードが半端ねぇ。ドリブルの鋭さもこの中で群を抜いている。けど、味方にパスを回してるから、得点に繋がってねぇ。

「何でお前は一人で撃たないんだ?」

 龍は思わず聞いてしまった。

 その龍の言葉に虎はキョトンとした顔を向けてくる。

「バスケは一人では出来ないよ。みんながいるからできるんだ。それなのに僕ばっかりボール持っててもみんなは楽しく無いじゃん!」

 弾けるようなスマイルを向けてくる虎に龍は軽い嫌悪感を感じる。

 ──やっぱりウゼェ。

「ほらほら! みんなあと少し頑張ろっ!」

 虎は試合中ずっと笑顔を絶やさなかった。それに対し龍はずっと違和感を感じていた。

 ──何であいつはあんなに楽しそうなんだ。こんな大差で負けてんのに。お前以外初心者で、まともにプレーできないのに。何で、何で1人で熱くなれんだよ。

「……っ」

 この刹那、龍は高校の試合がフラッシュバックした。

 ──泣いていたのは俺だけ。熱くなっていたのは俺だけ。俺一人で熱くなってた。

あいつらもそう思ってたのかな。

ホントにあいつは昔の俺を見てるみたいだ。

ひとりで、ひとりで頑張って、馬鹿みたいに熱くなって、でも楽しくて、もっとバスケしたくて、仲間とバスケできることが嬉しくて。

何よりバスケが好きだった。

だから、だからウザかったのか。自分と似てたから。バスケが好きだった自分を思い出しそうだったから。

──ああ、ウゼェ、何もかも! こんなウジウジしてる俺もウゼェ!

「龍くん! パス!」

その瞬間、虎からパスが回ってきた。龍は受け取ったボールを初めて腰の位置に構えた。相手は龍を完全に初心者だと思っている為、ディフェンスが甘い。

そこを龍がドリブルで一瞬にして抜いた。相手は慌てて回り込もうとするが、もう遅い。

龍はすでにシュートモーションに入っていた。

──この感じ、高校の大会以来だ。

周りの動きが遅く見えて、思考が異様に早い。

周囲の雑音は全て無くなり、ボールが手から離れた時には、己のシュートが入るのを確信できる。

人生で最高のシュート。

人生最後だと思っていたシュート。

俺は人生最後のシュートをもう一度……。

あの時終わったはずの、止まったはずの時間が、動き出した。

龍の放ったシュートはリングに一切触れることなく、ゴールに吸い込まれていった。

それを見た両チームの動きが止まる。周りは鳩が豆鉄砲食らったような表情をしていた。その驚く目に龍は我に返る。

──さすがに、バスケやってたのバレるよな。試合中テキトーにやってたの文句言われそうだし。めんどくせぇ。

そんな事を思っていると、虎が駆け寄ってきた。

「龍くん! 才能あるよ! 君は天才だよ!」

背中をバンバン叩きながら虎は言った。

 まだ龍を初心者だと信じて疑わない虎に対し、驚きと可笑しさで吹き出してしまった。

「はっ、はははは。ほんとお前はバカだよな」

 笑い出す龍を不思議そうに見る虎。

「え? ありがとう」

「褒めてねぇ!」

 龍のツッコミが体育館に響く。しかし、龍の顔は楽しそうだった。

「そんな事より! 僕のチームに入ってよ! 一緒にバスケしよ!」

気持ちのいい笑顔を向ける虎。

 その言葉にまんざらでも無さそうに、龍は答えた。

「まぁ、たまになら」

 

 

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人生最高のシュートをもう一度 たげん @FL_LE2

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