第48話 趣味に走って1月16日

 物音がして目が覚めた。橙 suzukake は枕に乗せた頭の向きをかえ窓に目をやった。真っ黒い四角だ。雨の音はしない、やんでいる。空が曇っているのか、霧が出ているのか。

 金属のぶつかる音がした。

 深夜に目が覚めてこんな音は聴いたことがない。いつも眠りが浅く深夜によく目を覚ますが、金属音が聞こえてきたことなんてない。もう20年近くこの城で庭師をしているというのに。

 金属音はカシャン、カシャンと、派手ではないが、なにかの音を聴き間違ったということはあり得ないくらいハッキリしている。まだつづいている。しかも、だんだんとこちらに近づいているように聴こえる。

 心臓が大きく脈を打っている。ごくり。のどの奥がつまったような感覚があって、つばを飲み込んだ。

 ビビっていても仕方ない。起き上がって確認したら、なにか金属製のものが風に吹かれて壁にでもぶつかり音を立てているだけかもしれない。そんなことにビビっているのはアホらしい。ちょっと起き上がって確認すれば済むことだ。

 掛け布団を持ち上げ、体をスライドさせて、ベッドから抜け出す。毎日寒い。下半身から寒さがあがってくる。肩を寄せて背中を丸め、前で手をこすり合わせる。

 金属音がやむことはなく、確実に近づいている。

 橙 suzukake は城の中庭に張り出した小屋に寝起きしている。音は中庭を渡ってきている。格子状の木枠にはまったガラスに顔を近づける。やはり霧が出ていた。中庭はほんの手前しか見えない。

 霧をやぶって、金属音の正体があらわれた。カシャン、カシャンと、一歩ごとに金属がぶつかり合う。西洋風の鎧兜、腰に帯剣している。重い足が一歩前に出るたびに、鋼の鎧のあちこちがぶつかりあい金属音をさせるのだ。

 この世のものではない。亡霊だ。お城にしまってあった鎧兜の持ち主の亡霊が、小天体の衝突を機に天から降ってきたのだ。

 今からドアを飛び出しても逃げられない、むしろ亡霊の目の前に飛び込むことになる。行きすぎてくれるのを待つしかない。

 橙 suzukake はベッドにもぐりこんだ。さっきまでの自分のぬくもりは感じるが、体が冷え切ってしまった。寒い。体を丸めても足先から冷たさがやってくる。

 心臓が早く打っている。つばを飲み込むと、耳の奥でバリッと音がした。カシャン、カシャンという音が、止まった。小屋のドアの前だ。

 亡霊に狙われる覚えはない。いや、そうでもないか。でも、あれやこれやあったとしても、亡霊になってまで復讐されなくてはいけないようなことはないはず。もっと軽いことばかりだ。

 ドン、ドン。

 腕を動かすときの金属音を押しのけて、低くドアを拳で叩く音がやってきた。胸を叩かれるような衝撃。橙 suzukake は体を丸めたまま頭をあげ、ドアを見つめる。

 許してくれ。ドアの向こうに向かって祈らずにはいられない。なにが悪かったのかわからないけれど、とりあえず謝って済むなら謝りたい。

 ドン、ドン。

 ドアに伝わる振動が見える気がした。亡霊は許すつもりはないようだ。

 金属のこすれる音がして、すっとドアの隙間に入り込んだ。剣先だ。ドアは回転式の閂で留まっているだけだった。

 剣が持ち上がって、

 木製の閂がまわり、くるんと下を向いた。

 ドアが自然と少し開く。

 また金属がこすれる音、剣を収めた。

 ドアが引かれる。

 鎧兜の姿が、ドアの向こうにハッキリあらわれた。

 息が止まる。

 鎧の手が持ち上がり、兜の両サイドに当てられる。

 兜を、脱いだ。

 長い髪が揺れて落ち、

 黒い影となっている。


「橙 suzukake さん、起きてください」

 城の客、九乃カナの声だ。ちいさい声で呼びかけてきた。

「ぷはぁ! 九乃さんかよ」

「よかった。眠りが浅いのでしたね」

 橙 suzukake は起きだして明かりをつけた。明るくなった世界では、ゴツイ鎧を身につけた九乃カナが不格好に突っ立っていた。

「息が止まりましたよ」

「わたくしは息が上がりました。おんもたいものですな、鎧兜って」

「なぜそんな格好で?」

「ほかのひとにバレないようにですよ」

「お忍びで会いにきてくれたんですか」

「出張尋問にね」

「目立って、余計バレるでしょ、その恰好」

「わたくしだとはわからなくありません?」

「たしかに、亡霊かと思いましたけど」

「こんな美しい亡霊がいたらうれしいですな」

「いや、鎧兜の亡霊は恐怖しかありませんよ」

「失礼な、にじみ出てるでしょ? 抑えきれない美しさが」

「はあ」

 安心したら、気が抜けてしまった。イスを出してすわってもらう。

「それで、尋問というとなにを聞きにきたんですか」

「ハイデを殺しましたね」

 ドーン、とこちらに指を向けている。

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