第46話 部屋の中でライトダウン1月14日

 朝になって、黒い雨が降っていた。きっと小天体衝突のせいだ。あのときのきのこ雲が黒い雨を降らせているのに違いない。憂鬱。

 雨の日は憂鬱になっちゃう。メランコリー、九乃カナ。またベッドにもぐりこんでごろごろしたあと、いよいよ起き出すことにした。やらなければならないことはやらなければならない。ということは、やらなくちゃな。


 無月さんの部屋は両方ともカラだった。内側からしかロックできないから、中にひとがいないと侵入し放題だ。部屋を物色したけれど、なにも得るものはなかった。


 同じ2階に食堂を兼ねた広間があって、無月さんは優雅に朝食を食べていた。

「黒い雨が降っているというのに、のん気なものですな」

「あ、おはようございます。自分たちにできることはなにもないんで」

「ハイデ殺害事件の捜査はどうするのですか」

「夜の冒険で見つけた地下通路の出口、あれはどこだったのですかね」

「そんなことは、ちょっと考えればわかります」

「本当ですか、どこだったんですか」

「まだ考えていません」

「ダメだ」

「朝飯前は体に良くないから、朝飯のあとにはじめることに決めていますの」

 反応は得られなかった。無月さんはイスの横に荷物を置いていた。九乃カナの捜索を逃れようとしたのだ。

「無月さん、荷物をもってくるなんてズルいですな」

「だって、部屋にカギがかからないじゃないですか」

「見られて困るものがなければよいではありませぬか。怪しい」

 疑いの眼。

「九乃さんは見られたくないものはないんですか、下着とか」

「そんなもの見たって汚いだけです。ただの汚れた布ですよ」

「そんなに汚れますか」

「一般論です。わたくしの下着はきれいなものです。一週間替えなくても大丈夫」

「マジですか」

「たとえですよ?」


 メイドが食事を運んでくれたのだけれど、どこか怯えているように感じる。

「黒い雨が怖いの?」

「そいうわけでは」

「いいの。小天体が落ちて人が大勢亡くなった、きのこ雲ができて、今日は黒い雨。亡くなった人たちの魂も雨と一緒に降ってくる。忌まわしいことが続いているのだもの。なんとなく気が滅入ってしまうのも無理はない」

「はあ」

 九乃カナは納得しても、メイドは納得している風でもない。なにかに怯えているせいだろう。なにも考えられないと言ったところか。

 クロワッサンを取り上げてかじる。パラパラと表面のカスが落ちる。むにゅっという感触とともにかじりとり、咀嚼する。これはヨーロッパで食べたクロワッサンである。

 日本で売っているクロワッサンはモドキにすぎない。普通のパンみたいではないか。バターをケチっているせいなのか、パリッと感も中のネットリ感も本場にヒケを取る。なのに、これは本物だ。

「んまい」

 口のまわりにカスをつけたまましゃべるからテーブルにこぼれた。こまかいことは気にしない。

「わかった、ハイデを殺した犯人が。とうとう尻尾を捕まえた。慣用表現。灰色の猫細胞が犯人を割り出しましたよ。ちがった、脳細胞だった。脳と猫って漢字似てますよね」

「今の話の流れからすると、料理人がヨーロッパで修行していて、ハイデと前から関係があったとか言いそうですね」

「やっぱりわたくしの頭の中を予測できるのですか、無月さん」

「いや、読者なら誰でも予測できましたよ」

「読者フレンドリーですな」

「キャラが確立されているからですかね」

「そんなに褒めないでください」

「オブラートに包んだだけです」

 オブラートってすっと溶けてほんのり甘くておいしいよねっ!


 料理人を呼んでっ! と九乃カナは言ったけれど、もう厨房にいないとメイドは答えた。早いお帰りだこと。

「もう10時過ぎていますからね、昼食の支度にそのうち厨房にあらわれますよ」

「いや、九乃カナにすべてを見抜かれたと思って逃亡したのかもしれない」

 メガネのつるを両手で持ち上げた。九乃カナの名推理の前に犯人は逃亡したのだ。

「おいしいクロワッサンを出したってだけで犯人扱いされたらたまったものではありません」

 なぬ? 自分は疑われていないとでも思っているのか。

「メイドさん、あなたも怪しいんですよ」

「え?」

 無月さんまで? 一緒に行動しているのにわっからないかなあ。

「まあいいや。料理人に突撃しましょう」

「待っていればくるんじゃないですか」

「チャンスは待っていてもやってきませんよ、自分から獲りに行かないと」

「はあ」

 草食系ね、無月さん。


 コンコン。料理人の部屋のドアをノック。中でひっと小さな悲鳴が聞こえた。ノックの音に怯えていては日常生活にも困りそうだけれど、こんな山奥のお城に閉じこもっていたら日常生活はなにごともなく過ぎてゆくのだろう。事件のときまではね!

 誰ですかとドアを通して料理人が聞いてくる。

「ディス・イズ・ハイデ、オープン・ザ・ドア・プリーズ」

 かわいい声を出してみた。

 どしんと音がして静まった。これは、気絶した? ハイデの幽霊が復讐に訪ねてきたと思ったのだ。料理人怪しい。

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