第23話 悪魔がきたりて12月23日

 外は夜が明けたというのに、地下にもぐって懐中電灯の明かりを頼りに狭い通路をゆく。皮肉が効いている。

 狭いと言っても、地下鉄の通路より狭いけれど、城の中の隠し通路を思えば東京ドーム3個分はある。相対評価になっていない。


 地下を流れる無機質な風。風まで暗い。まがまがしき悪霊の周囲を巡ってきたのだろう。負のエネルギーが高まっている。

 通路の先に壁が見えてきた。風は壁に飲み込まれている。平らにならされていないコンクリートの床を足の裏に感じながら歩く。


 壁まできた。石の壁。錆色の金属でできた取っ手が打ち込まれている。コの字の太い釘みたいなものだ。

 九乃カナは取っ手の真ん中を握って引く。背中側に体重を預け、足を踏ん張る。石のこすれる音がしてゆっくり動き出した。隙間を風が抜けてゆく。

 石の壁は扉になっていた。大きく開ける。壁を肩で押さえて、懐中電灯で内部を照らす。部屋は広いけれど、石の棺が並んでいて、解放感と言うよりは圧迫感がある。

 棺は石の台に載り、棺自体にも石の装飾が彫られていて、九乃カナの頭より高いところまである。巨大な構造物といった趣。ロンドンの有名な教会の地下で見たものとそっくりだ。


 わかってしまった。

 この上に教会が建っていて、キリスト教系の邪教を信仰しているのだ。お城を建てた大富豪は邪教の信者。教会のために城も建てたのに違いない。

 ハイデは生贄のために連れてこられ、お城で悪魔に捧げられたのだ。


 九乃カナは地下墳墓に入りこんだ。きょろきょろと見回しながら棺の間を歩く。


 うん?

 床が振えている。地鳴りの低い音が遠くからやってきた。

 ガクンと床がズレたと思ったら、波打ち始めた。

「おおう。これはデカい」

 地震だった。破壊的な音があちこちからやってくる。地下墳墓が崩れる。

 頭を手でかばいながら、もときた方へ戻る。

 石の壁は閉まっていた。傾斜がついていて自動的に閉まるようになっていたらしい。

 肩で押す。動かない。地震で歪みが出たのだろう。

 嫌なものだけれど、棺の台に背をつけてしゃがみ込んだ。棺に守ってもらおう。


 東日本大震災のときみたいだった。

 これは首都直下型地震に違いない。これから関東平野はほとんどが海に沈み、グンマに海がやってくるのだ。

 今いるここはどうなってしまうのだろう。ここってどこなの? 山奥だから海に沈むことはないか。


 地震はおさまった。地下墳墓の中はほこりが舞っていた。懐中電灯の明かりがビームみたい。

 天井が抜けている場所があった。天井が崩れたすぐ下には石像が建っていたらしい。バラバラに壊れた石像が天井の残骸と一緒になって床に転がっている。


「お前か、私を眠りから覚ましたのは」

 九乃カナはびくっと肩をすくめて飛び上がりそうになった。男の低い声がしたのだ。こんな時まで無月さんが追いかけてきたのか。そんなわけはない。声がちがう。

 低い声は体が大きいことを思わせた。


 宙に、黒い影が浮いていた。懐中電灯の光が通り抜けて、天井を照らしている。

 骸骨っぽい痩せこけた顔、セミロングの髪。正装に、体を覆うようなマントがふわりふわりと漂っている。

 九乃カナにはわかる。悪魔だ。

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