第16話 カーテンは罠12月16日
九乃カナは廊下をゆくあいだ、この2日のことを思い出していた。もう一週間も経つような感覚がある。いろいろなことがありすぎたせいだ。
執事がランプで先導してくれたのは、廊下の照明を灯していないせいだとわかった。壁のどこにもスイッチがない。きっとオイルを燃やすランプなのだ。メンドクサイからか、省エネのためか、廊下のランプは使わないことにしているということかな。
霧のせいで縦に細長い窓からの明かりもない。無月さんのスマホの明りだけが頼りだ。九乃カナは普段ケータイを不携帯だから、こんなときにも手元にない。ショルダーバッグにいれてイスの背もたれにぶら下がって留守番しているはずだ。
ケータイどころかパンツもおいてきてしまったのだけれど。思い出したら、落ち着かなくなってしまった。コートの端をお尻と股間のところで押さえて進む。歩きにくい。
「この階ではないのかな」
「下の階に行ってみますか」
無月さんはスマホをかかげて先の方を照らす。うっすら階段室が見えた。
「下でいいですか」
階段の手前で確認してくる。ゲームのシナリオが分岐する雰囲気だ。
九乃カナはおごそかにうなづいた。
ふたり並んで階段をおりる。
「なぜ横に? 狭いんですけど」
「暗いから前にはいけないではありませんか。うしろでは振り向かれたらモロ出しになりそうで」
「ああ」
ヘンな歩き方をしている九乃カナを見て、なるほどという表情。
納得してもらえてよかった。振り向かないでねと言えばよいのかもしれないけれど、それってフリとしか思えないセリフだ。そんなこと言ったらきっと、足がもつれて無月さんの背中にアタックしてふたりとも階段を転げ落ち、踊り場で倒れた無月さんの顔に馬乗りになって股間を押しつけることになってしまうにちがいない。小説家だからわかる。
踊り場で折り返してすぐ、物音が聞こえてきた。
「当たりみたいですね」
九乃カナはにやりと口をゆがめて見せた。
廊下に、ドアを叩いている人が。執事だった。取り乱しているようだ。一度引き下がって、壁に立て掛けたものを取り上げる。
おいおい、斧じゃないの。
「ちょっと待って!」
斧を振りかぶって前傾姿勢になったところでストップをかけた。執事は斧をおろした。
「悲鳴が聞こえてここまでいらしたのですね」
「もちろんです」
メガネを押さえる。
「ドアが開かないのです。声をかけても反応がないのです」
「それで、斧でぶっ叩こうってわけですね」
一度降ろした斧を肩の高さにかまえる。無月さんの手元から発せられる光を反射して、悪魔の微笑みのような刃がぎらり。あぶねえからよしてくれ。
「ちょっと失礼」
九乃カナは執事を押しのけてドアに向かう。
「開けますよー!」
ドアを押してもダメ、念のため引いてみても動かなかった。
「たしかに施錠されているようです」
九乃カナは切れ長の目で執事に目配せした。さっき中断したモーションを繰り返す。今度は斧がドアにぶっ刺さった。木の裂ける音。にじる音、におい。
執事は錠を設置しているらしき辺りをくり抜く形にドアを壊した。
胸が張り裂けそう。
ドアが開く。
無月さんのスマホの明りが入る。弱すぎてなにも見えない。執事が床に置いていたランプを取り上げる。顔より上に掲げて部屋へ足を踏み入れる。
「ああ、なんてこと」
執事が動揺してランプの光が一度ゆれた。
ぼんやりと、白い肌が浮かび上がっていた。ランプは美女の全身と、両腕をひとつにまとめて吊るし上げるように巻きついたカーテンを九乃カナの目に映した。
美女はネグリジェに下着のかっこう。悲鳴を上げる前はベッドにいたのだとわかる。足は内股で中腰の姿勢。
これを演出した人間は、美女の腕をカーテンにからめて、美女をくるくると巻き上げた。拘束したうえで胸のあいだにナイフを突きたてたのだ。美女の内股にほそく血が流れ落ちて、禁忌の図像を拝んでいる気分になる。
うなだれて垂れた髪は金髪セミロング。
おかしいな。
「なぜたすけをもとめなかったんだろ」
「二回悲鳴をあげたみたいですけど」
えっ? ああ、すると夢の中で聞いたと思った悲鳴は現実に聞いたのであったか。侵入者に気づいて一度、ナイフで刺されるときに一度というわけか。口をふさげばよかったのに、犯人。
九乃カナは美女の裏にまわって窓を調べた。きっちり閉まっていて、錠もかかっている。裏技的に外からかけたりはずしたりもできない。調べてわかった。
バスルームに犯人が隠れているとか、屋根裏へ行けるとかいうこともなかった。ドアの錠は内側からしかかからない作りで鍵を利用するものではない。うしろから見ていたから、執事や無月さんがどさくさにまぎれて施錠したということもない。
「これは、密室殺人事件です」
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