第15話 美女の悲鳴は子守歌12月15日
逃げ続けて2日、九乃カナは山奥らしい土地にやってきた。今は霧でなにも見えない。休ませてもらっているのは、中世ヨーロッパの要塞機能をもった城といった感じの建物。
執事に案内されて落ち着いた部屋は立派だった。パサパサのメロンパンに腹を立てながら食し、空腹をやわらげたところで風呂にでもつかりたいものだと贅沢心を起こした。
バスルームがあって、タオルやソープ類も整っていた。すばらしい。浴槽に栓をして、レバーを押し下げ湯を出す。湯の温度をみて、すこしぬるめに調整レバーを動かした。九乃カナはぬるめのお湯にゆったりつかるのだ。
ベッドに体を投げ出して浴槽に湯がたまるのをまつ。
はっ。
美女の悲鳴が聞こえた気がした。
いや、眠ってしまったらしい。たぶん、夢だ。疲れているときにベッドに雑に倒れ込むのはキケンだ。外から部屋に案内されたときはあたたかく感じだけれど、使われていない部屋が冬の日にあたたかいはずがない。体が冷え切ってしまった。
浴室ではお湯がたまりすぎて、排水口を流れ出ていた。
後ろで髪をしばっているゴムをとり、あらためて髪を上でまとめる。服を脱ぎ、寒い思いをしてシャワーの温度が上がるのを待った。
シャワーを腕にかけると、じんじんとあたたまる。冷え切った体にあたたかなお湯は極楽じゃ。
髪を洗うと乾かすのが面倒、今日は省略する。体を洗って湯船に爪先からそろりと足を入れる。排水口を湯が出てゆく。ごごごごぉ。
爪先が浴槽の床につく。足を踏ん張って、もう片方の足も湯の中へ。膝を曲げ腰を落とす。お尻が湯に入り。ああ、お尻メッチャ冷えてたぁ。浴槽で立膝状態の姿勢。
浴槽のヘリに両手でつかまる。くぅ。たまらん。排水口をお湯が流れるのが止まったのを見計らって、一気に肩まで湯につかる。くはぁっ。
赤血球が動脈を、静脈をあちこちぶつかりあいながら流れ狂うのがわかる。頭を浴槽にもたせかける。このまま永遠の眠りについてしまいたい。
「ごぼっぐふぅ、げほっ、げほっ」
鼻がつんとする。浴槽の両サイドをがっちりつかんでいた。気管に入った水を咳きこんで吐く。
「お風呂で死ぬところだった」
本当に永遠の眠りにつきそうだったけれど、どうにか一時的な眠りで済ませることができた。のども鼻も痛い。後頭部の髪が濡れてしまった。
お風呂をいれはじめたのが3時くらいだろう。今はもう4時とかかな。さすがに本格的に眠らないと明日は生きた心地がしないことだろう。明日と言っても寝て起きたあとのことだ。
美女の悲鳴が聞こえた。
なぜ美女とわかるのか、悲鳴を聞けばわかるのだ。美しく張りのあるハイトーンボイス。顔、髪型、体形まで目に浮かぶ。
九乃カナは浴槽で立ちあがった。お湯が体をつたって落ちる。
「わたくしを呼んだにちがいない」
バスタオルを広げ、手、体、足をひとなでして水気をとり、体に巻き付ける。固定している暇なんてない、手で押さえてバスルームを出た。冷えた空気に体がビックリしちゃう。上からコートを羽織る。
ドアを開けたら、無月さんはすでにドアから顔を出していて、驚いた顔をしてこちらを見た。
「美女の悲鳴がしましたね」
「美女ですか」
「わたくしにはわかります」
「気のせいではなかったのですね。どうしましょう、様子を見ますか」
九乃カナはドアを出た。
「突撃あるのみです」
無月さんの前で腕を組み仁王立ち、あわててコートの裾を引き下げた。無月さんはなにも見ていなかったようだ。
廊下の奥にまだ部屋があるから先に進むことにする。無月さんも九乃カナに巻き込まれて同行することにしたらしい。
「あの、九乃さん」
「なんでしょう」
「寒そうな格好ですね、特に下半身が」
「お風呂にはいっていたもので、下は裸です」
「ぶふっ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます