第9話 時間がない12月9日
九乃カナは走っていた。全力疾走と言える段階は超えていて、肺も喉もちりちりと痛むし、手足はちぎれるのではないかというくらい。自分の意志ではなく動いている。もう倒れ込みたい。
でもダメだ。間に合わない。ここで止まったらおしまいだ。
渾身の力でつばを飲み込む。はぁはぁ。
走り出したのは9分前、ちっとも進んでいない。まだ9分の1といったところか。
九乃カナは運動をしない。体に悪いと思っている。痛い苦しいのは嫌い、快適が大好き。アーロンチェアにすわってパソコンに向かっているのが一番快適だと思っている。
そんなじっとして動かない健康法信者の九乃カナが走り出したのはなぜか。
ちょっと待って、いま考えるから。
ミカン! そう妹のミカンからツイッターのDMが届いたのだ。明らかにミカンの文章ではなかった。
『岬までひとりでこい、妹を助けたかったらな。12時まで待ってやる』
すぐにケータイにかけたけれど出ない。岬と言ったら思い当たる場所はあそこしかない。
九乃カナは安息の地を離れ駆け出した。メトロは終わっていた。走ってゆくしかない。
海沿いの道に出た。風が強い。体の表面の温度が一気に下がる。内側は熱をもっているけれど。
波が風で白く砕ける。飛沫は風がさらってゆく。背の低い木が伸ばす枝葉の隙間から見えた。半月くらいか、今は空の高くにかかっている。
岬が見えてきた。
風が顔に吹きつけて涙が出る。汗と混ざり合って顔はもうぐちゃぐちゃだとわかる。死にぞこないの呼吸をして、腰をまげて、それでも足を前に進めた。間に合え!
岬が見渡せた。先に黒い塊が。間に合わなかったのか。ミカンなの?
黒い塊の横に倒れ込んだ。這って近づく。
ミカンだ!
月光が九乃カナにミカンの顔を認識させた。
死んでしまったの? 手の感覚がなくてミカンに触れても弾力がわからない。ミカンがあたたかいのか、自分の手が冷たすぎるのか。
「ミカン!」
背後に気配がして、九乃カナは身体を硬直させた。
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