第8話 キミに会いにゆく12月8日
カナは背中を向けている。デスクに向かっているけれど作業をしているわけではない。僕は上からのぞき込む。
なにか食べているらしい。ぐっと体をまわして逆さまになりながらカナの前、ディスプレイの上にやってきた。
パンを食べていた。クロワッサンにかぶりつき、サクッと音をさせ、粘り気のあるパンを食いちぎる。目には涙が浮いている。僕のことを思い出しているのだろう。しょっぱいクロワッサンだ。
カナは14歳でパリに住んでいる(自称)。僕たちはよくクロワッサンを買って食べた。安くておいしいというとクロワッサンが一番だった。表面がパリパリで食べたあとにはテーブルの上がパンのカスだらけになったものだ。中はしっとりねっとり。バターがたっぷりで風味がよかった。
『僕のために泣かないで』
声はカナの耳に届かないけれど、気持ちは伝わると信じて話しかける。ああ、ほらほら、キーボードの上で食べるからカスがいっぱい落ちちゃってる。
カナは目をこすって、コーヒーのマグカップに手を伸ばす。口の端にもクロワッサンの表面のカスがついちゃってる。指と舌を使ってなめとり、コーヒーを口に含んだ。
クロワッサンにブラックコーヒーもよい組み合わせだ。僕たちの意見は一致していた。カナは僕がいれたコーヒーを気に入ってくれた。濃すぎるし苦すぎるかなって思うのだけれど、いつも僕がコーヒーを淹れていたから慣れてしまったのだろうな。
体勢を直してカナを後ろから抱きしめる。僕のことは気にしないで。キミを守れたことを誇りに思っているんだ。
カナがふうと息をついた。クロワッサンを食べて空腹が落ち着いたのだろう。夕食まではとてももたなかったと見える。
もう大丈夫。お腹がふくれれば寂しさや悲しさもやわらぐというもの。僕はまた移動して、今度はデスクに置いているパソコン本体に肘をついてカナを斜め45度から眺める。整った顔立ち、鑑賞に耐える。作り物と見まごうばかりだ。
その顔がゆがむ、目をぎゅっと閉じてから指の腹でこする。まだ涙が止まらないと見える。
「目がかゆい。花粉かな。そんな季節でもないんだけれど。ほこりか。そのうち掃除しないとな」
僕のことで泣いてるんじゃなかったんかーい! 僕がいなくて掃除しないからほこりっぽかっただけかよ。これからは自分で掃除しないと。床にお掃除ロボが動ける場所ないんだし。
カナの部屋はものが多すぎて床まで資料だの、処分予定の封筒、ダンボールだのがいくつも山を作っている。封筒やダンボールはすぐに片付ければいいのに、メンドクサがってとりあえず積んでおくから。まずはそこからだな。
「さあて、今日もリアルタイム小説を書かなくちゃ」
カナはトラックボールを操作してカクヨムのワークスペースベージをタブで表示して、「リアルタイム」の編集ページをあたらしいタブで開いた。次のエピソードを執筆のボタンをクリック。一瞬首を傾けたと思うと、手をキーボードにもっていき入力をはじめた。僕はディスプレイに吸い込まれて文字に分解されてゆく。
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