第五章 星宮真滅

 守が夕食の準備をしていると、羊が紙束を数枚持って階段から降りてきた。

「どうした? まだ飯できてないけど」

「守、夕飯の準備が終わったら聞いて欲しいことがあるの」

 先程の話の続きだろうと思い、守はテキパキと準備を進め、夕食の準備を終える。

「で、さっきの話の続きだろ?」

「そうよ」

 クリップで束ねた紙束を机に置き、守がそれを受け取る。

「詳しいことはそこに書いてあるけど、一応軽く説明するわ」

 守は一ページ目をめくる。そこには、一人の人物の名前と顔写真、ざっくりとした経歴などが載っていた。

「敵は星宮真滅。《星》の魔術師よ」

 紙束を見ると、妙に真滅の事ばかりがピックアップされているようだった。

「他の敵は?」

「いないわ」

「は?」

 守の紙束をめくる手が止まる。

「私達の敵は星宮真滅ただ一人」

 守は耳を疑った。

 羊一人対真滅一人ならば、戦闘能力の低い羊が危険視するのも分かる。だが、羊の師匠である《心》の魔術師も一緒に行動しているはずだ。そして、顔も名前も知らないが《心》の魔術師は羊の師匠であるという話だった。それなりに強いはずだ。

「二対一。俺を入れれば三対一。そんなに強い相手なのか? この真滅っているのは」

「違うわ」

「?」

「私達は魔術師教会というところに所属しているんだけど、その魔術師教会に所属する魔術師約一万人対真滅一人の戦争よ」

 紙束を取り落とす。魔術師の戦いというものがどういうものなのか守は知らない。だが、魔術師教会にも強い魔術師は大勢いるはずだ。それをふまえた上で一万対一ということは、それだけ真滅を警戒しているということだ。

「真滅に勝算はあるのか?」

 勝算がなければこんなことはしないだろうが、それでも聞かずにはいられなかった。

「真滅の手には≪時計仕掛けの惑星|クロックワークプラネット≫があるわ」

 それが何なのか守は知らないが、それと似た名前の魔道具を守は知っている。

 無意識に守は自分の左手首に着いている時計仕掛けの魔術師を見た。

「時計仕掛けの魔術師は人間を魔術師にする為の魔道具だったけど、時計仕掛けの惑星は違うわ」

 羊は真剣な目で言う。

「あれは、魔術師を神にする為の魔道具よ」

 星宮真滅のページが終わると、時計仕掛けの惑星のページがあった。

 それは、簡単に言えばただ所有者の魔力を貯蔵する道具と言うことだった。

「そこまで強そうな魔道具じゃないが?」

「そうね。でも、魔力の限界という枷がなくなった魔術師に不可能はないわ」

 魔術師には、それぞれ得意な魔術というものがある。たとえば羊であれば《本》、守であれば《時》だ。だがそれは、最も効率的に魔力を魔術に変換できるからその属性を選んだに過ぎない。

 魔力効率を度外視すれば、魔術師に操れない魔術はない。

「それに、真滅の《星》の魔術は厄介だわ」

 真滅のページに《星》についての記述があった。

「この惑星全てが真滅のテリトリー。場所さえ分かれば、いつでも宇宙から流星を降らせて町ごと消し去れるわ」

 《心》の魔術師が張った結界は、守の為の人払いであると同時に、真滅に勘付かれない為の対策でもあったというわけだ。

「でも、そんな凄い魔術師が、なんで魔術師教会の敵に回るんだ?」

 魔術師教会は魔術師を守るための組織だ。だが、階級が存在する。基本は年功序列だが、希に生まれる優秀な魔術師は、一足飛びにその階段を駆け上がる。

 真滅ほどの魔術師であれば、ヴィップ待遇も夢ではない。

「真滅はね。優秀すぎたのよ」

 紙束の最初に真滅のざっくりとした経歴があると前述したが、そこに書いてあるのはほんの一行。「管理区画出身、後に隔離区画へ輸送」という言葉だけだった。

「あまりに強すぎる魔術師が生まれた場合、その子供は管理区画という魔術師教会が管理する場所に移されるわ」

 管理区画という名前からも分かるとおり、魔術師を管理する区画。おそらくそこまで良い暮らしはできないだろう。

「その管理区画で魔術を危険なことに使用してはいけないとか、簡単な刷り込みをされるんだけどね。その刷り込みが上手くいかなかった魔術師が隔離されるのが隔離区画」

 ようするに、「おまえは悪いことしそうだから、予め牢屋に入れておく」ということだ。

「人権侵害じゃねえか!」

 守は机を叩き付け、勢いよく立ち上がる。

「こんなことされたんじゃ、魔術師教会に恨みを持ってもしょうがねえよ!」

 守の必死の叫びを、羊は冷たい目で受け止めた。

「何言ってるの守。魔術師になった時点で、私達に人権はないわ」

 お茶を一口飲み、喉を潤すと、羊は語り出す。

「昔、《石》の魔術師がいました。彼は宝石を自由自在に生み出すことができました。彼はそれを両親に自慢しました。どうなったと思う?」

 宝石を生み出す人間。そのまま宝石を生み出し続け、一生両親の食い扶持になり続けるのならまだ良い方。最悪、そのことを知られた第三者に奪われる危険まである。

「どうなったんだ?」

「彼をめぐって戦争が起きたわ。もちろん、彼の意志とは関係なく」

 それを黙って聞いていた守の元に一冊の本がゆっくりと飛んでくる。タイトルは「魔術師教会」。

「彼は自分のせいで戦争が起き、国が滅んだのを悲しみ、自分と同じような思いをする魔術師がいないように魔術師を人間から保護する組織、魔術師教会を作ったの」

 本のページがめくられ、一人の人物の顔写真のページで止まる。

「それが魔術師教会の始まり」

 彼の名は《石》の魔術師、ストン・ワイズマン。

 守は何も言うことが出来なかった。誰が正しいのかも分からない。魔術師教会が正しいのかも、間違っているのかも守には判断できない。

「真滅はこの世から魔術師を消し去るつもりよ」

 うつむく守に羊は話しかける。

「魔術師はあなたの夢だったのでしょう?」

 守にはそれが、悪魔の誘惑に思えた。

「誰かの為でなくて良いわ。あなた自身のために、力を貸して、《時》の魔術師、時輪守」

 魔術師の使う魔法は、悪魔を召喚し、その悪魔から習ったという説がある。

「分かった」

 羊は無表情で涙を流し続ける守を優しく抱きしめた。

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