「婚約破棄ですか? それなら昨日成立しましたよ、ご存知ありませんでしたか?」

まほりろ

第1話「婚約破棄ならもう成立してますよ」

1話

「アリシア・フィルタ貴様との婚約を破棄する!」


お昼休みの食堂にクラスメイトの声が響く。


食堂の席は八割ほどうまっており、レイモンド様の声に学生たちの視線が一気に集まる。


レイモンド様はイエーガー公爵の嫡男、栗色の髪、茶色い瞳の美男子。


レイモンド様の腕にはミランダ様がおり、レイモンド様の腕に自身の腕を絡めていた。


ミランダ様はランド男爵家の令嬢で、ピンクのふわふわした髪に赤い目、小柄な体格ですが出るところは出ていて、くるくると表情が変わり笑顔が可愛らしい庇護欲をそそる美少女です。


対する私は銀色の髪に紫の瞳、表情が表に出にくくて、人形姫と呼ばれております。


ミランダさんは男性を虜にする会話や仕草を心得ていて、彼女に夢中になっている男子生徒も少なくありません。レイモンド様もミランダ様に夢中のようです。


「貴様は俺が心優しく美しいミランダに好意を抱いたことに嫉妬し、ミランダの教科書を破いたり、階段から突き落とすなどの狼藉を……」


「あの、ちょっとよろしいですか?」


悦に入って語っているところ申し訳ないが、私も忙しいのでこんな茶番劇に付き合っている暇はないのだ。


のんびりしていたらAランチが売り切れてしまうし、午後の幾何学の予習をしたいし、友達と新しく出来たブティックの話もしたい。


「なんだ!」


レイモンド様が眉間にしわを寄せ私を睨む。自分の話を遮られ、いらいらしているようです。


「婚約破棄ですか? 婚約破棄なら昨日成立しましたが、ご存知ありませんでしたか?」


私の言葉にレイモンド様とミランダ様は顔を見合わせ絶句した。


そうですよねカッコつけて皆の前で婚約破棄を言い渡したのに、婚約破棄がすでに成立していたなんてお間抜けな話ですよね。


「言葉通りの意味です。レイモンド様の不貞の証拠を女王陛下立ち会いのもとイエーガー公爵に突きつけ、昨日正式にレイモンド様との婚約破棄が成立いたしました」


知らなかったのでしょうか?


レイモンド様の服を見ると、昨日のお昼にお肉を食べたときにワイシャツについた肉汁による染みが同じところにありました。


ミランダ様は袖についたジュースの染みがそのままです。二人とも昨日と同じ衣服をお召しのようです。


お二人とも昨日は家に帰らなかったのかもしれませんね。家に帰らなかった理由は追求しませんが。


「なっ……! 不貞の証拠とはなんだ! それにイエーガー公爵家とフィルタ侯爵家の婚約になぜ女王陛下が口をはさむ!」


やっぱりその辺のところ分かってないんですね。レイモンド様は単線思考ですもんね。


「私の母と女王陛下が親友だからですよ」


「ハッタリを言うな、女王陛下がなぜ侯爵夫人ごときの親友なんだ!」


レイモンド様が鼻で笑う。


「母の実家はシュティーア公爵家です。母は女王陛下の側近候補として幼い頃から王宮に通い、勉強会やお茶会に参加していましたから」


「なっ、お前の母親がシュティーア公爵家出身だと……!」


レイモンド様のお顔が青色に変わる。

 

シュティーア公爵家はイエーガー公爵家よりも領地が大きく、財力も権力もありますからね。


シュティーア公爵は宰相の職に就いていますが、イエーガー公爵は領地を治めるのと商会の運営で手いっぱい、なんの役職にも就いてません。


同じ公爵家でも天と地ほどの差があります。


まさか婚約者の母親の実家をご存知なかったのですか?


レイモンド様は母のことも見下していましたものね。流石に本人の前では猫を被っていましたが、私の前では「公爵家の方が侯爵家より家格が上だ!」と散々馬鹿にしていました。


「ついでに申しますと私と第二王子のルシャード様は、幼い頃同じ家庭教師の元で机を並べて勉強した仲です」


その時女王陛下は何度もお茶会に招いてくださいました。女王陛下はとても優しい方で、大変可愛いがっていただきました。


ルシャード様が隣国に留学されてからは、お茶会に呼ばれることもなくなりましたが。


母と女王陛下は今でも仲がよく、母は女王陛下主催のお茶会によく招待されています。


「母方のいとこはバルム王国の王太子に嫁いでおりますし、父方のいとこはクヴォル王国の王家に婿入りしております」


レイモンド様がひゅっと息を呑む音が聞こえた。


やはりレイモンド様は何も知らなかったのですね。婚約者と婚約者の親族について知らないとは、些か問題ですね。今となっては婚約者ですが。


「そもそも自国と他国にパイプの太いフィルタ侯爵家と親戚になろうと、婚約の話を持ちかけて来たのはイエーガー公爵ですよ」


「そっ…、そんなはずはない! 父は公爵だ! 格下の侯爵家に縁談を持ちかけるはずがない!」


レイモンド様は私がレイモンド様に一目惚れして、父がイエーガー公爵に頼み込んでこの婚約が成立したと思い込んでいました。


何度違うと言ってもレイモンド様は理解されなかったのです。


「イエーガー公爵がご子息のレイモンド様を私の婚約者にして欲しいと言ってこられたのは、イエーガー公爵家の領地で天候不順が続き大凶作の年でした。さらに手掛けていた事業に失敗し多額の負債を抱えていらっしゃいました」


「なっ、公爵家の領地が不作!? 父が事業に失敗! 多額の借金!?」


婚約するとき父とイエーガー公爵の立ち会いのもとレイモンド様にも説明したはずですが、何を聞いていたのでしょうね?


「レイモンド様は私がイエーガー公爵家に嫁に行くと信じていましたが、それも間違っております」


「何っ……!」


レイモンド様が目を見開いた。


「レイモンド様も私も一人っ子、父は『アリシアはフィルタ侯爵家を継ぐので嫁には出せん!』と一度は断りました。


イエーガー公爵は『二人の間に子供が生まれたらその子を跡継ぎにする、子供が二人以上生まれなかったら養子を取る!』と言って、父の前で土下座をしました。


借金まみれのイエーガー公爵家と縁を結んでもフィルタ侯爵家には旨味はありませんでしたが、情に脆い父がイエーガー公爵の泣き落としに負けて、私とレイモンド様の婚約が成立したのです」


父は無利子無担保でイエーガー公爵家にお金を貸しました。


私とレイモンド様が婚約関係にあるからとはいえ、父の人の良さには呆れてしまいます。


「イエーガー公爵が父に土下座までして成立した婚約でしたのに、レイモンド様の不貞行為により台無しになりましたね」


真っ青な顔で口をぽかんと開けているレイモンド様。


レイモンド様は公爵家の領地が不作続きなことも、ご実家の事業が上手く行ってないことも、ご自分がフィルタ侯爵家の婿養子に入ることも、ご存知なかったみたいですね。

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